第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし
一滴の血液だとしても、相手は稀血の中でも更に特殊な血を持つ実弥。
咄嗟に蛍は両手で口と鼻を覆うと、嫌うようにそっぽを向いた。
「早く、採血ひて」
「あァ?…今から飲む血に対してなんだァその態度は」
「嗅ぐと酔うはらッ」
「それに耐える訓練じゃねェのかよォ」
実弥の言うことは尤もだ。
何も返せないでいる蛍の前に、ぷくりと赤い血液を乗せた指を実弥が差し出した。
「オラ。勿体ねェだろが。飲め」
「…なんの拷問…」
「お前が望んだことだろォが。拷問でもなんでも受ける覚悟で言ったんじゃねェのか。あ?」
「……」
覚悟はあった。
蛍の中で、実弥の稀血を糧として選んだのは譲れない選択だった。
『愛おしいから、触れていたい。傍にいたい。そのうちにそれだけじゃ足りなくなる。見たい。知りたい。感じたい。──どんな味がするのか』
諭すように童磨に告げられた言葉が、あの日以来ぐるぐると頭の中を回っている。
いつかは喰べたくなる。
血だけじゃ足りなくなる。
だから体中に愛しいものの血の匂いを充満させているのだと、そう言われた。
(駄目だ。ちゃんと、適応していかないと)
杏寿郎ばかりに貰っていては駄目なのだ。
彼一人に負担をかけては。
彼だけに依存しては。
自分は鬼だ。
生きる為に必要なものはわかっている。
だからこそ、選び取っていかなければならない。
愛しきものを、"餌"にしてしまわぬように。
「…わかった」
決心したように、一度頷く。
口と鼻を覆う掌の中で深呼吸をすると、蛍は恐る恐るとその手を離した。
息を止めていては意味がない。
ゆっくりと慎重に呼吸を繋げば、むわりと強い血の匂いが鼻を掠めた。
「っ」
それだけで、くらりと頭が揺れる。
強い酒を煽ったかのような酩酊は、実弥の稀血の特徴だ。
「意識は保ってんなァ」
「…うん」
「匂いは平気かァ」
「大丈、夫」
「じゃ飲め」
「…え。これを?」
「これ以外に何があるんだよ」
「や、血なら、その注射器に溜めてくれたものでないと。直接飲むのは…ちょっと」