第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
急な体の成長に、勿論着ている衣服がついて来れるはずもない。
短い千寿郎の浴衣では、太腿は隠しきれていない。
面積も足りず、蛍が動けばスリット状になってしまっている浴衣の隙間から、足の付け根が今にも見えてしまいそうだ。
「っお、お目汚しを…すみません…」
ぷしりと頭から湯気を一つ。
体は成長したままだが、小さくなるように赤い顔を俯かせて、蛍はごにょごにょと謝罪を零した。
穴があったら入りたい、とは正にこのことだ。
「ありがとう、要。また槇寿郎さんを見かけたら教えてね」
こくりと頷いた要が、蛍の腕から飛び立つ。
最小限に風を立てて窓から出ていく姿を見送ると、蛍は肩の力を抜いた。
どうにか"約束"として押し付けたものを、槇寿郎に反発されずに済んだ。
それが安堵と喜びとなって余分な力を抜く。
「久しぶりに、聞きました」
「ん?」
「父上が、僕の名前を呼んだ声。あんな…他愛のない会話のようなもので」
いつも呼ばれる時は、酒か食事か。必ず必要事項があった時だ。
膳を置いていくなどと、些細な報告をわざわざ槇寿郎がしてきたことはない。
思い出すように告げる千寿郎の顔は、ぼんやりと空(くう)を見上げていた。
杏寿郎とまではいかないが、そこには多少なりとも高揚が見て取れる。
嬉しかったのだろう。
少年の細やかな変化に、蛍の表情も緩む。
「私も。だからまた明日、見かけたら声をかけようと思う」
「父上に、ですか?」
「うん。挨拶くらいは、当たり前にしてくれるようになるまで」
「…凄いですね、姉上は」
「え? そう?」
「僕は父上のあの圧に、何も言えなくなることが多くて…」
「ああ、うん。怖いよね」
「…怖いんですか?」
「うん。とっても。頸、斬られそうになったし。体も焼かれたし」
「じ、じゃあなんで」
「でも、嬉しいとも思うから。槇寿郎さんがぶっきらぼうにでも、私の声に反応してくれることが」
先程の台所でのやり取りを思い出すように、ふやりと蛍の目元が緩む。