第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
同じく杏寿郎も珍しい父の姿に目を見張っていれば、その目と目が合った。
「…杏寿郎」
「! はい!」
自然と高揚する。
杏寿郎、と呼びかけられたのは一体いつぶりだろうか。
期待に満ちた視線で訴える杏寿郎に、槇寿郎は更に眉間の皺を濃く刻んだだけだった。
「お前はもう少し声を抑えろ。返事くらい静かに」
「すみませんッ!!」
「………しろと言っている」
指摘された内容よりも、声をかけられたことが何より嬉しかったのか。台所に響く程の返事と謝罪に、槇寿郎は脱力気味に言葉を続けた。
こんなやり取り、既に蛍が煉獄家を訪れてから幾度も交わしている。今更感も強い。
これでいいか、と言わんばかりに蛍へと目を向けると、槇寿郎は廊下へと歩き出した。
その足がふと止まる。
何かを思い出したように再び蛍を見る目に、幼い少女もまた姿勢を伸ばした。
まさか自分にも声をかけてもらえるとは。
何を言われるのだろうか。
「そんな姿で辺りを彷徨かれては、変な噂が立ち兼ねん。必要でないならするな」
「っす、すみません」
ぼそりと告げられた言葉は、尤もなものだった。
急降下していく心と共に、焦りと申し訳無さが募る。
慌てて頭を下げる蛍の頭が、にょきりと伸びた。
否、蛍の身長が伸びたのだ。
蛹が蝶へと脱皮していくかのように、音もなくいつもの蛍の年齢へと上がっていく。
「気を付け、ます」
元の姿に戻った蛍が顔を上げれば、驚き息を呑む槇寿郎と目が合った。
と、その視線が凝視したまま不意に下がる。
「父上! では俺達は再び日光浴に戻りたいと思います!!」
目にも止まらぬ速さで、今度は杏寿郎が蛍の前に庇い立った。
槇寿郎の視線が下がりきる前に、後ろ手で蛍の着ていた羽織の前をきつく手繰り寄せる。
そこで初めて蛍も己の姿に気付いた。