第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
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「しんじゅろうさんッ」
人気のない台所。
其処に見知った人物を見つけて、蛍は声を弾ませた。
弾んでいるのは、幼い足で走った所為だ。
その姿に驚いて目を止めたのは、真新しい酒壺を手にしている槇寿郎。
「こん、にちは! いいおてんき、ですねッ」
槇寿郎の前で足を止めると、ぎこちない程にぎくしゃくと蛍が挨拶を向ける。
そんな小さな子供を凝視しながら、槇寿郎もまた口を開いた。
「……なんだその姿は」
凡そ挨拶への返しではない。
当然の疑問だ。
「あ。はい、ちょっと…わけありで」
「姉上っ台所にも日が差す場所があるんですよ!」
「心配なら、いつかの頬被りを被せてみせるのはどうだ? 千寿郎」
「つーか日光浴はどうしたァ」
そこへわらわらと屋敷の住人が顔を見せる。
「あっ父上…これは、姉上です…その、僕が見たいと言ったから、幼子の姿をしてくださっているだけで」
「せんくん」
「…姉上」
「はなしをしてるだけだから。もんだいないよ」
槇寿郎の姿を見るや否や、そわそわと落ち着きなく千寿郎が蛍の前へ出る。
庇うようなその仕草に槇寿郎が眉を顰めれば、蛍はやんわりと千寿郎の手を引いた。
「しんじゅろうさんは、おさけですか? ぉ…おつまみ、なにか、つくりましょうか」
「…いらん」
「そ、うですか…あの…おかげさまで、わたしも、かいふくできました。ねやをていきょうしてくださり、ありがとうございます」
「……」
「これは、せんくんにかりたもので…る、るかさんのはおりも、おかりしています。すみません」
さっさと横を通り過ぎてしまいたいが、蛍には話を止める素振りがない。
あれやこれやとぎこちなくも告げていく。
先日告げた通り、槇寿郎に向けた"約束"を守っているのだろう。
となれば、息子達に声をかけるまで止める気はないのか。
頸を曲げなければいけない程、幼い姿へと変貌している蛍を見下ろして、槇寿郎は溜息をついた。
「…千寿郎」
「え?」
「朝餉の膳はそこに置いてある」
「あ、はいっお粗末様です」
まさか自分が声をかけられるとは思っていなかった千寿郎が、驚きと共に背筋を伸ばす。