第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
「それでいて人がお礼を言うと、高笑いしながら逃げていくような妖怪…だった、かな」
「…そっか」
だからと言って、何かが変わる訳でもないけれど。
どんなに歪な姿をしていても、どんな歪な思いを抱えていても。テンジを嫌いになどなれなかった理由が、今わかったような気がした。
「もしかしたらそのようかいのなまえのゆらいのほうが、てんじからきたのかもしれないね」
いつの時代から生きていたかわからない。
ただ昔の人々の中には、鬼を妖怪と見るものもいたのかもしれない。
テンジは人間を憎んでいた。
好きになどなれない、怖い、共に生きていけないと拒絶していた。
それでも己の世界に迎え入れた人間達から、痛みを取り除いていたのだから。
「…僕も会ってみたかったです。その天子という鬼に」
「いちどだけなら、せんくんもあってるよ。かせんじきにむかえにきてくれた、かえりみちに」
「えっ…あ! あの夜道に出てきた…っ?」
「うん」
千寿郎も一度だけなら見たことがある。
テンジが蛍を神隠しした直前に。その記憶は千寿郎の中にもはっきりと残っていた。
「むじゃきですなおなこだったよ。いっぱいわらうし、いっぱいなくし。ちがにがてで、おとながこわくて、あそびがだいすきだった」
「幼い子供みたいですね…」
「そうだったんじゃないかな。こころは、きっと」
数多の幼い魂を宿した、特殊な鬼だ。
時を止めていたのは、体だけではなく心もそうだったのかもしれない。
「もっと、あそんであげたかった」
宙を見上げて、ぽつりと零す。
蛍のその言葉に太い杏寿郎の眉が皺を寄せた時。パサリと、上品な羽音が部屋へと舞い込んだ。
視界に入り込んだのは、杏寿郎の鎹鴉。要。
「台所」
その目は蛍を捉え、ただそれだけ告げる。
途端に蛍は表情を切り替えると、千寿郎の膝から飛び降りた。
「ごめん、ちょっと」
「姉上?」
「だいどころにいってくる!」
「ご飯ですかっ? それなら僕が用意を…ッ姉上!」
「鬼は飯食わねェだろォ」
尤もな意見を告げる実弥を最後に、廊下へと走っていく蛍を千寿郎も追う。
唇を結んだまま、杏寿郎も追う為にと腰を上げた。