第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし
「あ。はい、ちょっと…わけありで」
「姉上っ台所にも日が差す場所があるんですよ!」
「心配なら、いつかの頬被りを被せてみせるのはどうだ? 千寿郎」
「つーか日光浴はどうしたァ」
そこへわらわらと、屋敷の住人が顔を見せる。
「あっ父上…これは、姉上です…その、僕が見たいと言ったから、幼子の姿をしてくださっているだけで」
「せんくん」
「…姉上」
「はなしをしてるだけだから。もんだいないよ」
槇寿郎の姿を見るや否や、そわそわと落ち着きなく千寿郎が蛍の前へ出る。
庇うようなその仕草に槇寿郎が眉を顰めれば、蛍はやんわりと千寿郎の手を引いた。
「しんじゅろうさんは、おさけですか? ぉ…おつまみ、なにか、つくりましょうか」
「…いらん」
「…あの…おかげさまで、わたしも、かいふくできました。ねやをていきょうしてくださり、ありがとうございます」
「……」
「これは、せんくんにかりたもので…る、るかさんのはおりも、おかりしています。すみません」
さっさと横を通り過ぎてしまいたいが、蛍に話を止める素振りがない。
あれやこれやとぎこちなくも告げていく。
先日告げた通り、槇寿郎に向けた"約束"を守っているのだろう。
となれば、息子達に声をかけるまで止める気はないのか。
頸を曲げなければいけない程、幼い姿へと変貌している蛍を見下ろして、槇寿郎は溜息をついた。
「…千寿郎」
「え?」
「朝餉の膳はそこに置いてある」
「あ、はいっお粗末様です」
まさか自分が声をかけられるとは思っていなかった千寿郎が、驚きと共に背筋を伸ばす。
同じく杏寿郎も珍しい父の姿に目を見張っていれば、その目と目が合った。
「…杏寿郎」
「! はい!」
自然と高揚する。
杏寿郎、と呼びかけられたのは一体いつぶりだろうか。
期待に満ちた視線で訴える杏寿郎に、槇寿郎は更に眉間の皺を濃く刻んだだけだった。