第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし✓
「急に走らないでくださいっ」
「わあっ」
「心配しますから」
「ご、ごめん」
ぴょこぴょこと後頭部で結ばれた髪先を揺らしながら、千寿郎の両腕が蛍を後ろから抱き上げる。
「そっちに近付いたら、また肌が焼けてしまいます。姉上はこっちです」
「うん……あの、せんくん」
「はい? あ、これも上に羽織っていてくださいね。どこから陽が差し込むかわかりませんから」
「あ、はい」
部屋の隅へと連れていかれ、上から大きめの羽織を被せられる。
それら全ては座り込んだ千寿郎の膝の上で行われるため、幼子のように抱っこされたままの状態。
思わずもの言いたげな視線が上がってしまう。
「なんですか? その服、窮屈でした?」
「ううん、そんなことないけど…あの。これくらいなら、ひとりでできるから…」
「駄目です。姉上が火傷しないように見張っているんですから」
「もう、けがもなおったし。だいじょうぶだよ」
「だからこそ、また怪我をしないように、です」
「ぅ」
「…あれじゃ姉じゃなく妹だなァ」
「うーむ…よもや、千寿郎にその気があったとは」
甲斐甲斐しく世話をする千寿郎の横顔は、兄が見ても生き生きしていた。
言葉は厳しめだが、蛍の世話をするのが楽しくて仕方がないのだろう。
「甘露寺のようだな」
幼い蛍を愛でたくて堪らないのか。元継子の恋柱を思い出して、杏寿郎の頬が緩む。
初めて知った弟の兄のような顔は、幼くとも頼もしく見えた。
「はい。可愛いですよ、姉上」
「…なんか、すごく、はずかしいそのせりふ…」
「そうですか? よく似合ってます」
幼い蛍が着ているのは、千寿郎の昔の浴衣だ。
それでも大きく袖の長いそれは、辛うじて小さな指先をちらりと覗かせる程度。
また淡い薄桜色(うすざくらいろ)の羽織は亡き母、瑠火のもの。
どうしたって着られてしまう蛍の姿に、千寿郎もつい幼子をあやす視線を向けてしまう。
「これなら太陽光も通しませんし」
「じゃあきょうじゅろうのところにいっても」
「駄目です」
「ぅ」
膝から下りようとすれば、両肩を掴まれる。
そわそわと頭を揺らす蛍を、幼い千寿郎の腕がぎゅっと閉じ込めた。