第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし
ころん。
蛍が二人の抱擁に潰されながら受け止めていた時、袖から何かが転がり落ちた。
目を止めたのは杏寿郎だ。
強く抱きしめていた腕の力が緩む。
「それは…」
「あ、はい。昔の衣服を探している時に見つけたんです。姉上が興味を持って」
細長く丸い筒。
蛍が時折口枷として咥えていた竹筒と、似た形の玩具。
片方の側面には覗ける透明な"穴"があり、そこに片目を向けると見えてくる。
何枚もの鏡を組み合わせて作られた、不可思議でありながら宝石のような世界。
万華鏡だ。
「なんとなく、おもいだして」
畳の上に転がった万華鏡を、幼い手が拾い上げる。
片目を閉じて、開いた瞳で中を覗けば見えてくる。
砂粒のようなカラフルなオブジェクトが、離れ、重なり合っては創り出される、左右対称の模様。
「てんじのこと」
「てんじ?」
ぽつりと蛍の口から零れ落ちた名に、頸を傾げたのは千寿郎だけだった。
「おなじだとおもったの。まんげきょうを、まわすおと」
くるりと筒を回せば、カシャンと鳴る。
宝石のようなオブジェクトが、重なり合っては離れて、零れ落ちる音だ。
テンジの世界で、幾度も聴いた音だった。
「てんじがあそんでみていたせかいも、きっとこれだったんだろうなって」
影沼の中で見た、人間だった頃のテンジの記憶。
唯一、彼の所有物が小さな万華鏡だった。
押し潰されるような支配の世界の中で、唯一自由に彩ることができた小さな世界だ。
だから鬼となったテンジも、そんな世界を望み造り上げたのだろうか。
現実世界と左右対称的な、仮初の世界を。
「ありがとう。きょうじゅろう」
くるりと回せば、カシャンと落ちる。
色とりどりの世界。
「てんじを、すくってくれて」
あれがテンジ達にとって救いであったかは、本当のところはわからない。
ただ最期にテンジが見せてくれたのは、紛れもない笑顔だった。
「わたしは、おにだから。じぶんのように、ひととはなして、おもいをまじえて、おにとしてでもいきるみちをみつけていく。それが"すくい"だとおもってた」
「……」
「でも、くびをきることがすくいにつながることもあるんだって。…あのとき、はじめて、そうおもった」