第27章 わが情(こころ) 焼くもわれなり 愛(は)しきやし
炎の呼吸は全て、一通り杏寿郎から学んでいた。
しかし漆ノ型を実際に鬼に向ける様を見たのは初めてだった。
痛みを伴わない、魂をあの世に送る為だけの炎。
今までの杏寿郎が相手してきた鬼は、そんな者達ではなかったからだ。
牙を剥き、欲を抱き、人の血肉を喰らう。
その全てに反するテンジだからこそ、赤い炎刀は優しく少年の頸を焼き斬った。
「すくいにも、いろんなかたちがあるんだなって。わたしのいきかたは、わたしのなかでいみをなすもので。てんじにとってはちがったんだろうなって」
「……」
「…姉上。てんじ、というのは…?」
ぽつりぽつりと、独り言のように告げる。
蛍のその心に、杏寿郎は唇を結んだままだ。
様子を伺うように二人を交互に見やっていた千寿郎が、とうとう抑えられずに問いかけた。
「かみかくしのしょうたいの、おにだよ。てんじってなまえは、よすけがふざけておとぎばなしからつけたみたいだけど。ほんとうのなまえはしらないの」
「てんじ…もしかして、天子ですか? 妖怪の」
「しってるの?」
「通っている学校に、そういうものが好きな子がいて」
植物に詳しい千寿郎のように、その類に興味を持った子供もいたのだろう。
思い出すように、千寿郎はふと顔を上げた。
「なんでも少年の姿をした妖怪で、悪戯好きなんだそうです。子供をさらって洞窟に連れ去り、一緒に遊ぶのだとか」
「なんだァ、まんまソイツじゃねェか」
蛍も、実弥の言う通りだと思った。
与助が名付け親というのは気に入らないが、その名はテンジに付けられるべくして存在していたのかもしれない。
「悪戯好きですが、干ばつなどの飢饉の際には、芋や葡萄など山の恵みを人に投げ渡したりもしていたそうです。人がお礼を言うと、高笑いしながら逃げていくような妖怪…だった、かな」
「…そっか」
だからと言って、何かが変わる訳でもないけれど。
どんなに歪な姿をしていても、どんな歪な思いを抱えていても。テンジを嫌いになどなれなかった理由が、わかる気がした。
「もしかしたらそのようかいのなまえのゆらいのほうが、てんじからきたのかもしれないね」
いつの時代から生きていたかわからない。
しかし昔の人々の中には、鬼を妖怪と見るものもいたのかもしれない。