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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第26章 鬼を狩るもの✓



「どういうことも、見たままの通りだ。お前には関係ない」


 煩わしそうに、槇寿郎が胸につく手を払い除ける。
 それでも杏寿郎は食い下がった。


「関係あります。俺の覚悟は聞いたはずです。それでもまだ蛍を狩ろうと言うのですか」

「フン。どう覚悟しようと、鬼は鬼だ。何も変わらん」

「確かに蛍は鬼です。しかしそれ以外のものにも目を向けて下さい。俺も最初は、蛍の斬首をお館様に求めました。しかし〝彩千代蛍〟という人物を知ろうとしなければ、斬ることは許されないと言われました。今はその意味がわかります」

「…だからなんだ。お前はお前。俺も俺だ。そこも何も変わらん」


 杏寿郎の言葉に反応を示したのは、槇寿郎だけではなかった。
 蛍の涙で濡れた瞳が、微かに揺れる。


「俺は俺としてその鬼と話した。お前が出てくる幕はない」

「話? 一体なんの話を?」

「知りたければその鬼にでも聞け」

「蛍、一体父上と何を…」


 危惧した面持ちで振り返る。
 蛍に詳細を訪ねようとして、杏寿郎は目を見開いた。


「…ほたる…?」


 彼女は、こちらを真っ直ぐに見ていた。
 その両目には、大粒の涙が溜まっていた。
 震える唇を噛み締めて、耐えるように静かに泣いている。


「どうした、一体何が…っ」

「ッ…」

「蛍?」


 慌てて振り返れば、胸にぽすんと頭が落ちてくる。
 再生した手と、まだ手首までしかない腕が、杏寿郎の腹部に回りきゅっと抱きしめた。


「きょ、じゅろ…」

「ど…どうした。傷口が開いたのか? 父上に何か…っ」

「だいすき」

「………は…?」

「すき。だいすき。あいしてる」


 ぽとぽとと、涙が杏寿郎の寝間着に染み込むように。
 ぽつぽつと、蛍の口から零れ落ちる愛のことば。

 余りにも予想外のことに、一瞬思考を止めた杏寿郎の顔が、かかか、と赤く染まっていく。


「なん…どう、した。蛍」


 こんなにも大勢の顔が揃っている公衆の場で、絶対に蛍なら口にしないことだ。
 戸惑いと、それ以上に胸の奥に響く感情に、杏寿郎の声が揺らぐ。

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