第26章 鬼を狩るもの✓
怯え、戸惑い、怖気付く。
鬼らしかぬ姿を見せることは多々あれど、退いてはならない時を知っている。
譲るべきではない思いを抱えている。
だから杏寿郎はこの女性を選んだのだと、あの時は漠然とだが納得することができた。
「俺は約束などせん」
「槇じゅ」
「したければお前が勝手にすればいい」
「…え」
顔を背け、ぼそりと告げる。
槇寿郎の声に素っ気なさはあれど、棘はない。
それは一体どういう意味か。
尋ねようと、更に蛍が身を乗り出した時だった。
「蛍! 父上! ありがたく湯を頂──」
スパン!と襖を片手で開け放ち、しとりと濡れた髪を重力で下げた杏寿郎が現れたのは。
思わずその姿に目を止める蛍と槇寿郎に、また杏寿郎も爽快に開いていた口をそのままに止めた。
部屋の中では、布団に寝ていたはずの蛍を槇寿郎が組み敷いている。
その顔の横には日輪刀が突き刺さり、蛍の髪を乱していた。
極めつけは、驚いた蛍の頬を伝った涙の跡。
「兄上、まだしっかりと水切りを──わッ」
後から追いかけてきた千寿郎の髪を、突風のような風が吹き上げる。
手にしていたタオルを握り締めながら、反射的に千寿郎は目を瞑った。
「父上ッ!」
次に千寿郎が顔を上げた時。目の前にあったはずの兄の背中は消えていた。
鋭いその声が聞こえたのは、部屋の奥からだ。
「俺は、蛍をお頼みしますと言いました」
蛍を庇うように、身を割り込ませた杏寿郎が槇寿郎の胸に手をつく。
「これはどういうことですか」
もう片方の手には、畳に転がる己の日輪刀を握っている。
ぴんと張り詰めた空気に、千寿郎の後から寝間着の浴衣姿で部屋を覗いた実弥も足を止めた。
「あ、兄上…っ」
「なんだァこりゃ」
「不死川様ッ父上と兄上が…ッ」
「ああ。前にも似たような光景を見たなァ」
「そんなことを言ってる場合では!」
「大丈夫だ」
ぽふん、と。青褪める千寿郎の頭に、実弥の掌が乗る。
「喧嘩になるなら、もうおっ始めてらァ。あの親父さんは勿論、煉獄も手が早い時は早ェからな」