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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第26章 鬼を狩るもの✓



 弱めた手が、頸を離れる。
 片手に握っていた日輪刀の柄を両手で握ると、蛍に跨ったまま垂直に構えた。


 ──ドッ!


「ッ!」


 逆さに構えられた刃が、真っ直ぐに蛍へと振り下ろされる。
 涙を溜めた蛍の鮮やかな瞳が見開く。
 薄い皮膚の張った首筋に、赤い線が走った。


「忘れるな。今決意したことを」


 ひゅ、と息が上がる。
 嗚咽を止めて見上げた蛍の頸──擦れ擦れを、刃は通り抜けていた。
 はらりと数本の蛍の髪を断ち切り、布団へと突き刺さった刃に僅かな蛍の血が伝う。

 頸をほんの少し、刃が掠めた。
 しかしそれは目に見えても掠り傷程度の小さなもので、瞬く間に再生して消えていく。


「約束を違えるなよ」


 告げる槇寿郎の言葉に、涙を止めた蛍が震える口を開いた。


「な…ら、」

「?」

「私とも、約束、して下さい…」

「…お前が俺に指図できる立場か」

「か…簡単な、ことです」


 びくびくと怯える様子は残したまま。
 それでも蛍は、槇寿郎から目を逸らさなかった。


「一日に、一回だけでも、いい。このおうちにいる時は、杏寿郎に、声をかけて、あげて下さい」


 己に鞭打つように、一言一言噛み締め告げる。


「千くんにも、目を向けて、あげて下さい」


 家柄に見合う者になろうと、背伸びした姿ではない。
 ありのままの自分の言葉で、蛍は頼み込んだ。


「一回だけで、いいんです。一日に、一度だけでも。槇寿郎さんの声を、二人に届けて下さい」

「…何を言うかと…思えば…」

「私も、声をかけますッ」


 身を退こうとする槇寿郎に、蛍の手が伸びる。
 袖を握って引き止めた。


「槇寿郎さんに、私も声をかけます。煩わしいなら、無視を、して下さい。でも、声はかけ続けます。あの二人を見て貰えるように」

「ッ…」


 語尾は心許ない。
 袖を握る手も震えている。
 槇寿郎を見上げる瞳は、幾度も過去見てきた。

 頸を斬られることを悟った鬼の眼だ。

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