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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第26章 鬼を狩るもの✓



 生きていたいと願う。

 鬼であっても、人であっても。
 大切なひとを守り、共に生きていたいと願う。

 言い訳がましくても構わない。
 押し付けだと思われても気にしない。

 ただ杏寿郎に、無自覚に抱えた心の傷をこれ以上広げさせたくないと思った。
 己を叩き上げるようにして笑う強い笑顔だけに、染めさせたくはないと思った。

 酒を交しながら、槇寿郎に告げた時と思いは同じだ。

 守っていたい。
 彼をそうさせんとする、運命という強い荒波から。
 押し流されないように。
 流され零れてしまわないように。

 その為なら、鬼の力だってなんだって利用しよう。

 ただ、守っていたいのだ。


「し…に、ません…ッ」


 杏寿郎もまた、同じような覚悟をしていた。
 自分の知らないところで、そこまでの決意を示してくれていたのだ。


「絶対、に…死にま、せん…ッ」


 嗚咽を漏らし、しゃくり上げながら、蛍は涙の溢れる目元を拳で擦り上げた。


「わ…私、が…全部、抱えて、逝きます…地獄だって、一人で進むから…ッ」


 意地でも、誠意でもない。
 本気でそう思った。

 余りにも愛おしく眩いその想いを、地獄の業火などで燃やしたくはない。
 もし鬼として命を閉じることがあるならば、彼が寿命を全うした後に、その想いも、意志も、心も全て抱えて、一人で地獄を歩んでいこう。

 世界でたった一つ。
 一つだけでも、守りたいものがあればいくらでも強くなれるから。


「杏寿郎さんは、連れていきません…っ私が、守り、ます…ッ」


 ひくりと、しゃくり声が震える。
 わなわなと震える口の隙間から見えるは、鋭い牙。
 ぼろぼろと後から後から零れ落ちる雫が濡らすは、鮮やかな鬼の眼。
 涙を拭う拳は、鋭い爪を持つ。

 鬼なのだ。
 どこからどう見ても、紛うことなく彼女は鬼だ。


「私が…ッ」





 なのにここまで他人に身を捧げる鬼を、見たことがあっただろうか。





「きょ、じゅ…っろ…」





 ここまで愛おしく、人の名を紡ぐ鬼の声を聞いたことがあっただろうか。





「ぅ…ッ」

「……」


 気付けばしゃくり上げ続ける蛍の頸を、締める手は力を弱めていた。

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