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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第26章 鬼を狩るもの✓



 あの時見た揺らぎは、この鮮やかな緋色の名残だったのか。
 そう思わせる程、槇寿郎の息を、視線を、動きを一瞬止めた。


「ッなら…!」

「っ!?」


 それも刹那の瞬きのみで、突如、槇寿郎が刀を退く。
 いきなり見失った対象の力に、蛍がバランスを崩した。その隙を見逃さなかった。
 蛍の首根っこを掴み、どしんと布団に太い腕で押し付ける。


「げほ…ッ!」

「約束しろッ」


 軌道を止める程ではなくとも、動きを制限させるだけの力で蛍の頸を締め上げながら、槇寿郎は呻るように告げた。


「死ねないと言うのなら死ぬな。あいつより先に死ぬことだけは絶対に許さん…ッ」


 先程まで命を狩ろうとしていた者の台詞には思えない。
 耳を疑いながら、蛍は苦しげに槇寿郎を見上げた。


「あいつは、お前が鬼として死ぬのなら己の命を切り捨てると言った」

「……ぇ…」

「鬼として死んだお前が地獄へ堕ちるなら、共に堕ちると言ったんだ」


 耳を疑うどころではない。
 世界の音を失くしたように、槇寿郎の声しか届かなくなった。


「あいつを地獄になど逝かせる訳にはいかん。ましてや鬼の為にその身を捧げるなど、あってはならないことだッ」


 それは父親としての感情か。
 元柱、元鬼殺隊としての感情か。
 目の前の槇寿郎の心境はわかり兼ねたが、そんなことはどうでもよかった。


「だから死ねないと言うのなら絶対に死ぬな。あいつが命を絶った後はどうとでもするがいい」

「……っ」


 吐き捨てるように告げる槇寿郎に、鮮やかな光を放っていた蛍の瞳が心許なく揺れた。
 わなわなと震える口角がへの字に下がり、薄い膜を張っても耐えていた瞳に、見る間に透明な雫が溜まっていく。


「っふ…、ぅ…うッ」


 抑え込んでも、嗚咽が漏れた。
 かたん、と握り締めていた日輪刀が畳に落ちる。

 生きることを強く望んだ。
 この世界で、共に歩むことを切に願った。

 なのに彼は、死の先へも想いを貫こうとしてくれているのだ。


(──杏寿、郎)


 胸の奥が、かっと熱くなる。
 堰を切ったようにこみ上げるもので、蛍の見る世界は全てが滲んでぼやけた。

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