第26章 鬼を狩るもの✔
「ッ…!」
躊躇なく振り下ろされた槇寿郎の刃は、蛍の脳天を狙っていた。
垂直に落とされた刃が牙を剥かなかったのは、杏寿郎の日輪刀がそれを受け止めたからだ。
「動ける気力はあったか」
抜刀された刃を、鞘のままで受け止めたのは蛍自身だった。
抱いていた日輪刀で咄嗟に受け止めたが、握り支える片腕はカタカタと震えている。
日輪刀を構える姿は、凡そ所有者の杏寿郎とは程遠い。
息を乱し、瞳は怯え、伏せた体は起き上がる気配もない。
それでも槇寿郎の一撃を防ぐことができたのは、鬼特有の力を持つ故だ。
見た目は細い腕でも、大の男の腕力にも勝る。
日々鍛錬を積んできた者の境界線を、易々と越えてしまうのだ。
「ふざけた力だな…!」
「ぅ…ッ」
不条理さに、みしりと槇寿郎の額に血管が浮く。
上から押さえ付けられるように、ぎりぎりと刃が蛍の顔に迫った。
「っゃ…やめて、下さい…ッ」
それでもどうにか片手で杏寿郎の刀を構えたまま、蛍は声を絞り出した。
「私は…っ人に、牙は向けません…!」
「そんな証拠がどこにある。今まで一度だって人間に牙を向けたことはないと言い切れるか!」
「っ…」
問わずとも、杏寿郎に同じ問いを投げかけた為に槇寿郎は知っていた。
無理な話なのだ。
どんなに人に歩み寄ろうとも、鬼の本能から逃れることはできない。
「わ…私、は」
知っていた。鬼の本性など。
今更どんな綺麗事を告げられようが、揺らぐ気もなかった。
「姉を、喰らいました」
だから反応が遅れたのか。
蛍の口から告げられた予想もつかなかった過去に、言葉もなく槇寿郎に動揺が走る。
「姉を喰らって、悪鬼となる手前で、留まることができたんです」
「…姉を喰った鬼というのは…お前だったのか…」
初めて共に晩酌を交わした夜。蛍は、姉のことを槇寿郎に語った。
最後には鬼に喰われたが、心と体を死に追いやったのは人間の男達だと。