第26章 鬼を狩るもの✓
日輪刀は、鬼殺隊の剣士にとって命ともなる必要不可欠なもの。
それを預けるなど一体どういう了見か。
問いかけようとして、見下ろす杏寿郎の瞳に蛍は口を閉じた。
慈愛ある眼差しが物語っている。
問題はないと。
「父上。俺の魂を、蛍に預けます」
すくりと腰を上げて、振り返った杏寿郎が笑う。
「体を芯まで温めて戻りますので。それまでは蛍のことを、お頼みします」
一礼し、蛍へと一瞥し、静子達にも頭を下げて去っていく。
「こっちは心配すんなァ」
「あ、お湯…っ急いで沸かします! 姉上、すぐ戻りますからッ」
続く実弥が後頭部をぐしりと片手で掻きながら、ぼそりと蛍に告げていく。
慌てて頭を下げた千寿郎もまた、心配そうな視線を蛍に最後まで残し駆けていった。
柱組が去れば、途端に静かな部屋となる。
「静子さん達も、客間で休んでいて下さい」
「…お言葉に甘えさせて頂きますわ。八重美さん」
「はい。蛍さん、お大事になさって下さいね」
「ありがとう、ございます」
深々と頭を下げる静子と八重美も部屋を後にすれば、残されたのは敷かれた布団に寝かされた蛍と、部屋の中心で佇む槇寿郎のみ。
与助は医者が来るまではと、何もできないように庭の蔵に放り込んである。
実質、二人だけなのだ。
(ど、どうしよう…)
沈黙が重たい。などという悠長な悩みではない。
この場に一秒だっていたくない。
次の瞬間には、頭と胴体とが切り離されてしまいそうな恐怖が蛍を襲う。
折れた指がようやく治った手で、杏寿郎の預けていった日輪刀を手繰り寄せて胸に抱く。
ごくりと、生唾を飲み込んだ。
「…ぁ…あの…」
恐る恐ると、先に声をかけたのは蛍だった。
「私は、放っておいても平気です。お医者さん…八重美さん達を、お願い…します…」
段々と声が萎み拙くなるのは、槇寿郎から伝わる気配の乱れが一つもないからだ。
ただ真っ直ぐに、蛍だけを見下ろしている。
同じ金輪の双眸であれど、杏寿郎とは違い鳥肌が立つような冷たさがあった。