第26章 鬼を狩るもの✓
「ッ…ごめん…なさい、お母様…心配、を、かけて…」
「いいのよ、貴女が無事ならそれで。…もういいの」
震える声で。しゃくり上げるのを抑えるように、肩に顔を埋める八重美を、静子は優しく受け止めた。
きつく抱いていた腕を緩め、背中を擦る。
何度も。何度も。
「鬼相手にも挫けなかったのね。誇らしいわ」
責めることもなく、貴女が誇りだと告げる。
型は違えど、確かな母の姿に実弥の目も止まった。
「──静子さん」
そして、目の前の屋敷の主の目にも。
「槇寿郎さん…み、見っともないところをお見せしました…」
「いいえ。八重美さんが無事でよかった」
重厚のある声を前に、ようやくいつもの静子が顔を出す。
日輪刀を手にした槇寿郎は、千寿郎や静子とは違い、息子達の無事の帰還を喜んではいなかった。
静かに一人一人の顔を把握すると、実弥の肩に担がれ気絶している与助で止まる。
「その男はなんだ」
「…罪人です。ですが怪我も負っている為、屯所に突き出す前に処置はしておこうと」
端的に応える実弥に、訝しい顔で与助を見ていた槇寿郎は、次に蛍を捉えた。
隙のない鋭い目と合うと、蛍の体が反射的に竦む。
肌で感じ取った杏寿郎が、蛍を抱く指先に僅かに力を込めた。
「罪人に手負いの鬼か。随分と滑稽な顔ぶれだ」
「…父上。蛍は我らと共に悪鬼を倒す為、死力を尽くしました。彼女がいなければ、今頃村は氷漬けにされていたことでしょう」
「……」
「この中で一等体の損傷が酷いのも彼女です。どうか休ませてあげて下さい」
杏寿郎に諭されなくとも、一目で蛍の怪我の酷さはわかる。
出血は止まっているようだが、手足は欠けたままだ。
そんなものも鬼であればいずれ治るだろう。
しかしそれ以上に槇寿郎の目を引いたのは、こちらへと向けられている鮮やかな瞳だった。
鬼であることを証拠付けるような、縦に割れた緋色の瞳。
それが怖気付いて、こちらを見ている。
怯え。伺い。
とても鬼には見えない程に。