第7章 柱《参》✔
「サァ進ミナサレ。風呂場ハアチラジャ」
「風呂場? さっきは待機所だって…」
「ソウジャッタ、待機所。待機所…ハ、何処ジャッタカノウ…?」
「ええっ? 大丈夫っ?」
ぽかんと頸を傾げる老いた鴉に、蜜璃の表情が不安げに陰る。
しかし蛍は違っていた。
市女笠の中から目を丸くして鴉を見上げたまま、驚愕していたことはただ一つ。
(か、鴉が喋ってる…!?)
人語を話した鳥の実態だ。
「はぁ…待機所はあっちだ。北で合ってる」
「あ! 冨岡さんっ」
ようやく蜜璃の下に合流した義勇が腕を差し出せば、バサリと黒い羽を揺らし老鳥がその腕に停まる。
しかしふらふらと危なっかしく揺れるものだから、今にもぽとりと落ちてしまいそうな不安定さがある。
「指令でもないのになんで出てきた。無理に動くな」
「指令…ソウジャ、指令ジャ。義勇、此処カラ南南東ノ霧崎崖二、鬼ガ出タトノ情報アリ」
「それは先週終えた任務だ」
「ハテ? ソウジャッタカノウ…?」
「大丈夫? その鴉さん…」
ふらふらと頸を傾げ続ける鴉は、体力だけでなく頭の方も大分老いてきているらしい。
「お前は休んでいろ。今日は一日非番だ」
溜息と共に義勇が腕を振れば、バサリと黒い体が宙に浮く。
空を飛ぶ様は優雅だが、何度も義勇の頭の上を旋回した後、ふと思い出したように林を越えていった。
「あの鴉さん、相当な年齢なのね…世代交代させようとは思わないの?」
「あいつで事足りているから問題ない」
「…ふく」
「え? なぁに? 蛍ちゃん」
小さな動作で蜜璃の袖を引く蛍に、二人の視線が集まる。
去っていく鴉を指差し主張する様に、ああと蜜璃は笑顔を向けた。
「あれはね、鎹鴉(かすがいがらす)と言って、私達鬼殺隊の伝令役を担ってくれている鴉さんなのよ」
「(じゃなくて!)ふ、ふぐ…っ」
「そうねぇ。義勇さんの鴉さんはちょっと老いてるけど、そういう鴉さんの方が珍しいのよ」
「(そうでもなくて!)ふく…っ」
普段は言葉無くとも蜜璃との意思疎通は可能であるのに。
偶にこうしてことごとく通じ合わない時がある。
何故鴉が人語を話せるのか。
その謎の追求は虚しく空振りとなってしまった。