第26章 鬼を狩るもの✓
「八重美っ!」
「静子さんッ」
千寿郎の報告に、間髪入れず静子も庭へと飛び出す。
草履も履かずに、足袋のまま縁側から駆け下りた。
まだ完全に安全だと確信できた訳ではない。
そう槇寿郎が止めるも、二人は既に長屋門へと向かっている。
仕方なしに、傍らに置いていた己の日輪刀を手に槇寿郎も後を追った。
「兄上っ!!」
真っ先に門から飛び出したのは千寿郎だった。
要達が煉獄家の塀に舞い降りれば、彼らが飛んできた先の道。其処からこちらへ向かってくる人影が幾つも見える。
「千寿郎!」
闊達な声が応えるように響く。
それは待ち望んだ兄の姿だった。
見慣れた笑顔を浮かべている兄の腕には、一人の女性が抱かれている。
「…あね、うえ…」
幼い金輪が揺れる。
陽に焼かれた時よりも酷い有り様に息を呑んだが、その緋色の瞳は確かにこちらを見ていた。
「千、くん」
その口は確かに名を呼んだ。
「姉上…ッ!」
転びそうになりながら駆け寄る。
間近で見れば、尚も状態は酷い。
しかし怪我の重度さに比べ、蛍ははっきりとした表情を見せていた。
体を陽に焼かれたあの時よりも。
しっかりと目を開き、千寿郎を見つめている。
「姉上、その怪我…ッああ、手当て…ぉ、お医者様を…ッ」
「千くん」
「はい、はいっ聞こえていますッ」
「……た…」
「?」
おろおろと行き場のない両手を翳しながら、心配と不安と困惑を織り交ぜる。
そんな千寿郎に、蛍はぎこちなく口を開いた。
「ただ、いま」
それを口にしていいものか。迷いながらも、気恥ずかしそうに告げる。
あんなにもこの家には帰れないと言っていた蛍が、自ら帰還を告げたのだ。
見開いた千寿郎の瞳が、じわりと濡れた。
「っおかえりなさい姉上…ッおかえり、なさい…」
小さな手が、縋るように蛍の腕に触れる。
ぎゅっと目を瞑り、何度も何度も頷く千寿郎に、蛍もまた張っていた体から力を抜いた。
へなりと眉尻が下がり、今一度噛み締める。
「…ただいま。千くん」
ようやく帰って来れたのだ。
今度こそ、本物の煉獄家に。