第26章 鬼を狩るもの✓
ぴんと背筋を伸ばし、用意された座布団に身を置く。
しかしいつもは隙もなく綺麗に着こなされた着物が、急いだ為か着崩れている。
きっちりとまとめられている髪も、汗を滲ます肌に後れ毛を貼り付けていた。
極めつけは、そわそわと不安げに揺れる瞳。
目の前に出された茶に手をつけることもなく、幾度も庭を見るその目に、向かいに座っていた槇寿郎は重く息をついた。
「落ち着いて下さい。必ず娘さんは帰ってきます」
「っ…では、何処にいるのでしょう」
「それは私にもわかりません。ですが杏寿郎が一緒のはずです」
「何故それがおわかりになるのですか? 槇寿郎さんも、今し方八重美の記憶を取り戻したのでしょう? あの子が鬼の術にかかっていた証ではありませんか…ッ」
「だからです。その術が解けたことこそ、杏寿郎が鬼を滅した証。八重美さんを救って戻ってくるでしょう」
「っですが…あの子が無事な証拠など…」
逆境を前にしても動じない女性、静子。
彼女の狼狽ぶりは槇寿郎も驚くものだったが、自然と納得もできた。
鬼殺隊に仕える身として覚悟はしているが、彼女もまた一人の母親なのだ。
分厚い空の影が全てシャボン玉へと変わった頃、慌てふためく静子が煉獄家の戸を潜った。
八重美のことを思い出したのだと言う。
槇寿郎もまた、頭の中で朧気だった彼女を思い出して、血鬼術にかかっていたのは自分もだったのだと驚かされた。
これだけ広範囲の人間を術に貶められる、それだけ驚異の鬼が駒澤村に潜伏していたのだ。
「──あ!」
今はもう悪鬼の気配は感じられない。
全ての答えは、杏寿郎が持って帰ってくるだろう。
そう静子を宥めていた時、千寿郎の高く響く声が飛び込んできた。
「父上! 要です! 要が帰ってきました!」
「外に出るなと言っただろう」
「すみません、ですが…ッ」
草履を履いて庭に出た千寿郎が空を指差す。
雲も取り払われ星がよく見える夜空を、三羽の鴉が飛んでいた。
杏寿郎の要と、実弥の爽籟。そして蛍の政宗だ。
記憶が戻ったのは人間だけでなく、鎹鴉の彼らも同じだった。
弾丸のように真っ先に空に飛び出したのは政宗で、それを追うように要と爽籟も続いたのだ。