第26章 鬼を狩るもの✓
「卸売りの市場で通りかかり、偶然見つけたんだ。髪飾りで悩む八重美さんを」
「その時、杏寿郎様に代わりに選んで貰ったのです。その髪飾りを、自分で購入しました」
「…ぇ…」
てっきり杏寿郎から贈ったものだと思っていた。
目を丸くして唖然とする蛍に、杏寿郎は頸を傾げ、八重美はくすりと笑う。
「私が余りに大切にしているから、お母様も勘違いなさったのでしょう。…私も、そうだといいなと思っていたので…」
それでも大切そうにリボンを見つめると、八重美は再び顔を上げきゅっと唇を引き締めた。
「私は形に縋ろうとしましたが、蛍さんを見ていると、杏寿郎様との形にはない繋がりを感じました。…痛い程に」
テンジの異能は、人の記憶を奪うこと。
鬼である蛍も例外ではなく、記憶を奪われた。
それでも完全には杏寿郎との繋がりを断ち切ることはできなかった。
だからこそ"名前"という区切りがあったとしても、柚霧は杏寿郎をああも鮮明に憶えていたのではないか。
杏寿郎の憶測が正しければ、テンジの異能は最も心を身近に置いていた者の記憶を奪う。
それでも柚霧は杏寿郎を忘れず、深く慕い続けていた。
「だから…蛍さん。不躾なお願いですが、杏寿郎様をどうかお支え下さい」
それが答えだ。
「杏寿郎様も…蛍さんを、大切になさって下さい」
深く頭を下げて頼み込む。
口を開けないまま目を見張る二人に、再び顔を上げた八重美に陰りはない。
「私もこれからは伊武の娘として、炎柱様をお助けできるように尽力致します」
口元に深く弧を描くと、凛とした声で彼女は告げた。
「煉獄杏寿郎様。貴方様を、お慕いしておりました」
別れの言葉を。