第26章 鬼を狩るもの✓
「──帰ろう、蛍。我が家に」
「……」
「大丈夫だ。今度こそ見失わない」
手を差し伸べる杏寿郎に、背けていた蛍の目線が辿々しく向く。
握り返せる手がないから、応えられない訳ではない。
あの家に本当に自分が帰っていいものか。
躊躇する蛍の心を汲み取るように、杏寿郎は優しく笑いかけた。
「君を鬼と成す全てから、俺が守る。だから帰ろう」
「……」
いつだってそうなのだ。
彼が問題ないと笑うだけで、心は軽くなる。
解決法を見つけていなくとも、不思議と顔は上がり、先を見つめられる。
「…ん」
こくんと頷く蛍に、杏寿郎の顔に花が咲く。
再びその体を丁寧に抱き上げれば、事を見守っていた人影が近付いた。
「…あの、」
「八重美さん。体に不調はないですか? 痛みなどは」
「ええ、はい。大丈夫です」
「あの、思い出せました? 静子さんのこと」
無事を確認する杏寿郎よりも、蛍が食い気味に問いかける。
自分の記憶は戻ったのだ。ならば八重美も同じなはず。
「お陰様で全て思い出しました」
「! よかった…」
しっかりと頷く八重美に、ようやく蛍にも安堵の笑顔が宿る。
「それより、蛍さん」
「?」
「これを…」
対して不安げな瞳で八重美が手にした何かを、そっと蛍の額に寄せた。
出血を押さえるように上から重ねてきたのは、彼女が着ているワンピースと同じ色合いの布切れだ。
「…もしかしてお洋服、破けちゃったんですか?」
「いいえ、自分で裂きました。出血を抑えられるものを何も持っていなかったので」
「そんな、勿体ない…っ私は大丈夫です。痛みもなんか麻痺してきたし」
「そ、それは、良いことなのですか?」
「多分。私、体は頑丈ですから」
「だからと言って"良いこと"にはならないだろう。蛍は早めの安静が必要だ。──ありがとうございます、八重美さん。その布を頂いてもよろしいですか?」
「はい、勿論です」
大きく頷く八重美の手から杏寿郎へと、止血用の布地として渡される。
そんなやり取りを見つめながら、蛍ははっとして声を上げた。
「(そうだ、)八重美さんっ」
「? はい」