第26章 鬼を狩るもの✓
「与助は一生許せない。今だって殺したい。殺す以上の苦痛だって、与えてやりたい」
殺すと憎々しげに告げながら、その目は泣きそうな色で揺れていた。
「でも悪鬼には、なりたくないって、そう、思った。前はそれでもよかったのに。今は、違う」
与助を殺せるなら、悪鬼にだってなんだってなろう。
あの男を生かすこの世が正しいのなら、狂ってでも世界を捻じ曲げてやろう。
そんなふうに思っていた。
だが童磨の諭すような言葉を耳にして、覚えたのは強い拒否感。
更なる愛しき者の血肉を喰らって、生き永らえるなど。
そんな道を歩むくらいなら、己の血反吐で出来た道を歩む方がマシだ。
「私と一緒に歩む覚悟をしてくれた、このひとと、同じ人間で在りたい」
言葉にはできても、実現させるには果てしなく困難な道。
その重みを噛み締めるように告げる蛍に、見開く金輪の双眸が微かに揺れた。
「だから…もう、いい。もう二度とこの男の人生には関わらない。関わって欲しくも、ない。私は、私の生き方を選ぶ」
与助から顔を背ける。
目も、口も、爪先だって、足元で作られた影でさえ。与助には向けられていない。
傍から見れば意思表示の一つに過ぎないだろう。
しかし杏寿郎には一瞬呼吸を忘れる程の衝撃だった。
与助の名を口にしただけで、悪鬼の片鱗を見せていた蛍が。
不条理な世界を恨み、唯一の肉親を奪った根源を当然の感情で憎んでいた彼女が。
一歩、進んだのだ。
たった一歩だが、確実に大きな一歩を。
鬼としての本能を、人としての理性で抑え込んだ。
そんな鬼は、数多の頸を刎ねてきた中で一度も見たことはない。
「……そうか…」
鼻の奥がつんとする。
体の芯から震えるような感覚に流されるまま、杏寿郎は深く頷いた。
「…ありがとう。蛍」
「? 杏寿郎がお礼言う必要は…」
「いいや。俺の心が正しく在れたのは、そうして蛍が応えてくれるからだ。俺一人では、ここまで貫けるものではなかった。…蛍、君だからだ。君が俺の隣にいてくれるから」
手足を失い、血に染まった顔を前にして、杏寿郎は目を細め破顔した。
これ程に愛おしいものはないと、そう告げるように。
「俺も俺の心を、信じていられる」