第26章 鬼を狩るもの✓
「い、命だけは…ッ!」
「なんで? 謝って許されると思ってないんでしょう? なら殺される覚悟だって、できてるはず」
「すまねぇ! 本当に悪かったと思ってるッ!」
「思い直せば命は救われるの? 謝れば耳を傾けてもらえる? 思いを拾ってもらえるの?」
淡々と告げる蛍の顔が、与助に近付く。
互いの距離に顔の影がかかる程。
牙を剥けば簡単に届いてしまう様に、流石に見守っていた杏寿郎も口を開いた。
「私は声を上げることすら許されなかったのに」
どろりと、蛍の足場が黒く澱んだ。
杏寿郎が告げるより早く、与助の両足を影が強く地面に縫い付ける。
「ほ──」
急速に足首から這い上がる影が、与助の体を覆うとする。
瞬きも許さない速さに、杏寿郎の阻止が遅れた。
泥沼のような影が、与助を飲み込まんと牙を剥く。
「邪魔ッ!!!」
──パァンッ!!
時間にして一秒にも満たない。その影の牙を止めたのは蛍自身だった。
鋭い喝に、影が弾け飛ぶ。
同時に一歩。片足だけで踏み込んだ蛍が、杏寿郎の手から離れて大きく頭を振り被った。
がつんッ!と脳天を麻痺させるような鈍い音が響く。
「ッッ──…!!」
悲鳴もなく真後ろに倒れたのは与助だ。
その上から被さるようにして、片足の蛍も倒れ込んだ。
「ッ蛍!!」
ようやく杏寿郎の声がその場に響いた時、既に事は終わっていた。
己の影を弾き飛ばし、踏み出した蛍が渾身の頭突きをかましたのだ。
真正面からぶつかり視界を火花で散らすと、与助の意識は瞬く間に飛んだ。
鼻血に塗れ拉げた鼻は折れたのか。死んではいないが、完全に伸び切っている与助の上で、蛍がぎこちなく体を起こす。
「大丈夫。問題ない」
「問題大ありだなそれは!!」
当たり所が悪かったのか。振り返ったその額からは、どくどくと己の血を垂れ流していた。
思わず杏寿郎も、渾身の力で突っ込んでしまう。