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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第26章 鬼を狩るもの✓



 ──ふわり、ふわり


 落ちてくる。
 水面に漂うように、ふわふわと。

 目の前に揺らぎ落ちてくるシャボン玉に、つい、と手が伸びる。


「触るな。何が起きるかわからん」


 重々しい声に止められて、びくりと細い指先が止まった。
 振り返った幼い金輪の瞳が、戸惑いながらも再びシャボン玉に目を移す。


「大丈夫です、父上。だってあれは…姉上の術ですから」


 ──ふわり、ふわり、ぱちん


 儚く舞っては散っていく。
 刹那の景色。

 分厚く空を覆っていた一面の黒い影が、視界を覆い尽くす程の数多のシャボン玉となっては消えていく。
 壮観でありながら儚い光景に、千寿郎は目元を和らげた。


「姉上の」


 そう呼べることが、嬉しくて堪らないと言うかのように。
 やんわりと目尻と口元をやわらげ告げる息子の姿に、槇寿郎もまた静かに縁側から夜空を見上げた。


 突然、千寿郎が人が変わったように慌て始めた。
 「姉上が、姉上を、兄上が、」となんとも要領の得ないことを口にしながら外に飛び出そうとするものだから、慌てて止めた。

 その時、世界は闇で包まれた。
 巨大な氷塊が夜空に現れたかと思えば、村へ落ちる前に影が広がり覆い尽くしたのだ。

 月光さえ届かない、一寸先も見えない闇。
 いつどこで鬼に狙われるかもわからない、真の闇だ。

 なのに不思議と危機を感じなかったのは、氷塊を影が覆い尽くすと、肌に感じていた悪鬼の気配が消えたからだ。
 まるで影が遮ってくれたかのように。
 ちりちりと肌に沸き立つ嫌な感覚を、消してくれた。

 今こうして目の前で舞い散る無数のシャボン玉からも、嫌な気配はしない。
 恐る恐ると外に出てきた村人達が、手を伸ばし触れても、呆気なく消えてなくなる。
 なんとも無害で、儚い姿だ。


「……」


 ゆっくりと、槇寿郎の手がシャボン玉へと伸びる。
 目の前に落ちてくるそれに触れようとして──ス、と手は脇に下ろされた。

 触れずとも、胸元まで下りてきたシャボン玉が、着物の掛襟に当たりぱちんと弾ける。
 その場に在ったことさえ、朧気な空気を残して。




 そう、消え去ったのだ。
 悪しき鬼の気配は。

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