第26章 鬼を狩るもの✓
まるで別れを告げるように。
冷気も、脳内の声も、童磨の存在をゆるやかに消し去った。
「…ッ」
何もない宙を睨む。
愛しい者の肉ならば、既に一度口にした。
血と涙と共に咀嚼して、己の体の一部にした。
それでもこうして、人の心を捨てずに生きている。
「…私は…っ人間だ…」
絞り出すように零れ落ちる。
その声を拾う者は、誰もいなかった。
──バサリと、炎を模した羽織が翻る。
目の前で燃え尽きるように消えていく、鮮やかな虹色のリボン。
やがては塵となり、その塵も空気中に溶け込むように消える。
今度こそ消滅した童磨の肉体と気配を察して、杏寿郎はようやく手にした日輪刀を下ろした。
「無事か、不死川」
「あァ」
凍っていた腕から、ぱきぱきと罅割れた氷が剥がれ落ちていく。
その様を見守りながら、実弥もまた日輪刀を鞘に戻した。
「本体じゃねェってところが癪に障るが、分身であっても上弦を倒せた。デケェ収穫だな」
「…蛍に取り憑いていたリボンと、言っていたな」
「あ?…あァ」
「後で詳しく──」
聞かせてもらおうと告げようとした。
途端に杏寿郎の体が、ぐらりと傾く。
否。傾いていたのは、足場である影波だ。
「! いかん、蛍が…!」
影波は、血鬼術の一種。
そこに幾重も日輪刀の攻撃を受けていた。
そもそも蛍自身が満身創痍だったのだ。
限界はとうに超えていた。
即座に走り出す杏寿郎に、実弥も続く。
揺らぐ影波の中心。
其処に、膝を着いて座り込む蛍がいた。
「蛍! もういい、童磨は倒した! 影を解除してくれッ」
「っ八重美、さんを…」
「ああ。彼女は俺が責任を持って守る。心配ない!」
「ッ…ょ…」
「なんだ?」
「…与助、も…」
苦々しく絞り出されるその名に、金輪の双眸が見開く。
やがて凛々しく上がっていた眉尻をほんの少し下げると、蛍の肩にそっと優しく触れた。
「ああ。彼も責任を持って地まで運ぼう。…不死川が」
「俺かよオイ」