第26章 鬼を狩るもの✓
(──ぉゃぉゃ、)
微かな声が、蛍の耳に届いた。
否、頭の中で鮮明に響いてくる。
(まさかやられちゃうなんてねえ)
「童磨…ッ!」
それは確かに、童磨の声だった。
(嗚呼、蛍ちゃん。ごめんね、君を連れて帰れそうにない)
「そんな必要ないッ私の居場所は此処にある…!」
(レンゴクという男の傍にかい?)
「っ…」
(皆まで言わなくてもわかってる。蛍ちゃんにとって大切な人間なんだね)
「…あの人に、手を出さないで」
(さあて。どうしようかなあ?)
面白そうに含む声が、くつくつと脳裏で笑う。
(安心おしよ。そんなに殺気立たなくても、無惨様の命令でもない限り、わざわざ捜しには行かないさ。俺は探知探索が不得意なんだ)
「信用ならない」
(冷たいなあ。本当だよ。それに──…)
そわりと、頬を冷ややかな空気が触れる。
まるで童磨の指先に撫でられたような感覚に、蛍はびくりと頸を竦めた。
(君は鬼だ。いずれは俺達の下へ来るだろう)
それは確信にも似た言葉だった。
ぎり、と鋭い犬歯を噛み締め頸を振る。
頬に纏わり付く冷気を、振り払うように。
「私の心は、鬼じゃない。人間だ」
(そうは言っても、君は"あの子"とは違う。飢餓を抑えられはしないし、血に飢えるだろう? 果たしてそれが人間と言うのかな)
「心は、人間だと言っているッ!」
(身体中に愛しい男の血の匂いを充満させていてもかい?)
「ッ…!」
(家畜に愛情を持つことは、人間の世界にだってあることだろう。それと似たようなものさ。愛おしいから、触れていたい。傍にいたい。そのうちにそれだけじゃ足りなくなる。見たい。知りたい。感じたい。──どんな味がするのか)
姿は見えない。
なのに童磨の嗤う顔が見えたような気がした。
(血だけじゃ足りない。いつか喰べたくなる。それが鬼と言うものだ)
「っ…ちが、う」
(違うと言うのなら、証明してごらん。でももし、その口に愛しい者の肉を味わった時は──…俺の下においで)
そわりと、頬を撫でた冷気が離れていく。
(待っているから)