第3章 浮世にふたり
此処へ来て他人に興味を持ったことなんてなかったのに、初めて知りたくなった。
私にはできなかったことをした鬼と人の子。
その二人のことが。
「教えて…っ…くだ、さい」
気付けば目の前の羽織を掴んでいて、はっとした。
慌てて身を退いて頭を下げる。
治りかけの手で掴んでしまったから、羽織に私の血が付いてしまった。
此処での私の立場は、十分過ぎる程に理解している。
この世は浮世。
この男と私の立ち位置は、平等じゃない。
「…竈門 炭治郎。その妹の禰󠄀豆子だ」
それでも彼は嫌な気もせず、教えてくれた。
「…かまど…たん、じろう…」
知らない名前。
その名を忘れないようにと唇で刻む。
「かま、ど…ねずこ」
会ってみたい。
もし、できるならば。
その二人がどんな目で世界を見ているのか、知ってみたい。
そしたら、私の生きる道も見えるのだろうか。
「……」
じっと感じていた視線が不意になくなる。
顔を上げれば、彼はもう檻の外にいた。
「ま…待って」
慌てて呼び掛ける。
彼とこうしてきちんと話したのは、あのあばら家以来だ。
もうこんな機会はないかもしれない。
だから訊きたかった。
呼び止めれば足を止めてくれた。
振り返った黒い瞳が、無言で意図を問い掛けてくる。
「なんで…私を、殺さなかった、の」
私が無惨の名を呼べたからと言って、それだけでこんな事態になるのか。
強い鬼なら始祖の名も呼べると、胡蝶しのぶが言っていた。
私は強い鬼じゃない。
でもそんな鬼、私以外にも捜せばきっといる。
ただ異端なだけで命を救うような、そんな男には思えない。
だって、この静かな男の体を通して見る色は、儚くも強い。
表には出さない心の奥底に、強い強い意志を秘めている。
「一度血に染まった者は、元の色には戻れない。竈門禰󠄀豆子はまだその牙を染めていなかった。だから兄に托した」
それは…人を殺めなかったと、そういうことだろうか。
それなら、私は──
「お前の牙は斑だ」
私は…あの人、を
「だがその眼は人だった」