第26章 鬼を狩るもの✓
──ドプンッ
「っな…!?」
「きゃあ…!」
「は…っ!?」
異変は突然に。
足場が急に溶けるように消えた。
驚いたのは土佐錦魚に乗っていたはずの杏寿郎達だ。
巨大な金魚の姿が、文字通り溶けたのだ。
どぱりとその体から溢れ出す黒い影波が、津波のように広がる。
「大丈夫」
足場を失くし落下する。
先を見据えたように彼らに声をかけたのは、片足だけの蛍だった。
無い足を形成するかのように、湧き上がった影波が黒い足を形作る。
肉体のままの足と、影の足と。揃えた両脚で蛍が降り立ったのは、波の中心だった。
「足場なら私が作る」
円状に津波を起こした影波が、氷よりも早く駒澤村を覆う。
しかし波は家々を洗い流すことなく、宙で渦を巻きとどまった。
分厚い雨雲のように、黒々しい波が駒澤村の上空を覆う。
童磨の氷が触れるとその場から影を凍らせていくが、すぐに上を次の影波が覆い解かしていく。
まるで氷山を飲み込む荒波のように。
「わあ、凄いねえ蛍ちゃん! その影、前に見たものと違うね!」
見た目は水面でも、人間である杏寿郎達も影波の上に足を着くことができた。
同じくその場に下り立った童磨が、興奮気味に声を上げる。
童磨が歩み進めれば、ぱきりぱきりとその場だけ波が凍り付いた。
「もっとよく見せておくれよ。さっきの大きな魚が源なのかな?」
笑いながら歩み寄る童磨の視界に、二つの人影が入り込む。
「…これはこれは。穏やかじゃないなあ」
日輪刀を構えた、炎と風の鬼狩りだ。
「ごめん、私は…これで、精一杯」
がくがくと震える足腰に鞭を打ち、どうにか立ち続けながら蛍が二人を呼ぶ。
村を覆う程の大規模な影波は、影沼を発動した時の比ではなかった。
その場に立っているのもやっとな程、既に疲労している蛍の体から更に力を奪い取っていく。
「童磨は、お願い」
蛍が片手を振るえば、波が起こる。
さざ波のように優しく、渦潮のように強く。八重美と与助の体を覆うと、避難させるように自身の背後へと押し流した。
「ハッ、上出来だァ」
「早急に討つ」
戦いの場は整った。
狩るべき鬼の頸は、あと一つ。