第26章 鬼を狩るもの✓
「それ、蛍ちゃんの能力かなあ? 随分面白い形をしている。俺も手伝ってあげよう」
空中で開いた扇を大きく振るう。
途端にバキバキと軋む音を立て、巨大な氷の波が現実世界へと群がるように覆い始めた。
「ッやめろ!!」
たった扇一振りで、なんて広大な術を発動するのか。
このままでは駒澤村の人々にまで被害が出てしまう。
「何故だい? この村の上に氷を張って足場を作ってやろうと言うのに」
「無関係な人々に手を出すなッ!!」
「無関係ではないなあ。氷漬けにした人間は皆、俺が喰ってあげようじゃあないか」
杏寿郎の怒号も童磨には響かない。
にこにこと笑いながらもう一つの扇を開く。
「男以外はね」
更に鋭い氷の波を繰り出す為に童磨が構える。
皆が崩壊に巻き込まれ落下する、刹那の出来事だった。
迷う隙は無い。一瞬の躊躇も許されない。
真上で扇を構える童磨の姿は、蛍にも見えていた。
片手は無い。片足も無い。
影鬼は操れるが、前回のように童磨に瞬時に氷漬けにされるだろう。
唯一動かせる手は、力なく冷たい鱗に縋っている。
──鱗。
一枚一枚が影のように黒く、なのに滑らかに泳ぐと反射するように色とりどりに輝く。
自分の術でありながら、自分の力のようには思えない巨大な土佐錦魚。
視線を上げれば、読めていたかのような魚眼と目が合う。
真っ黒な底の見えない闇だというのに、恐怖は感じなかった。
女郎は金魚だ。
狭く限られた世界でしか生きられない。
そう諭すような土佐錦魚の姿は、蛍には忌々しいものでしかなかった。
過去を忘れるなと言うのか。
己の惨めな姿を焼き付けて生きていけと言うのか。
初めて土佐錦魚が目の前に姿を現した時は、そんな憤りしか感じなかった。
だが今は。
(私は、蛍)
ようやく過去と向き合うことができた。
(私は、柚霧だ)
初めて柚霧という名を受け入れることができた。
(女郎が金魚だと言うのなら、)
殺された過去の自分を惨めに思う暇があるなら、今目の前で生きているものを見ていたい。
色欲しかない狭い花街の世界でも、綺麗だと思える人々を見つけられたから。
(その力、全部私に寄越して──!)