第26章 鬼を狩るもの✓
「……」
音もなくテンジの背後に立つ杏寿郎が、刀を抜く。
その表情は歪み耐え抜くように、柚霧を見つめていた。
小さな少年を片腕で抱きしめ目を瞑る彼女の顔は、見たこともないものだ。
否、片鱗ならば過去にも見たことはある。
あさかぜ号の中で、その腕の中で眠りに落ちる間際に感じた眼差し。
膝枕を貰い、見上げた先で待っていた微笑み。
だからこそ理解できた。
彼女の腕の中で眠りにつこうとする少年の心が。
(──炎の呼吸、)
深く、深く、息を吸う。
音もなく。ただ深く。
「…ほたる」
「なぁに?」
「ゆめ。ある。ひとつ」
「テンジの夢?」
「ん」
抱き合ったまま、声を交わす。
他愛のない会話は、眠りに落ちる前の一時のようだ。
「おに。じゃない。が、いい」
「鬼、じゃない…?」
「つぎ。ひと。が、いい」
すり、と甘えるように柚霧の胸に頬ずりをする。
「ほたる、にてる、はは。ほしい」
願わくば。
次に生まれ変わるなら、鬼ではなく人でありたい。
蛍のような母の下に生まれたい。
拙い言葉でも、その思いは伝わった。
下唇を噛んだ柚霧が、項垂れるようにしてテンジの肩に額を乗せる。
「…叶うよ。いつかきっと」
鬼として死にゆく。
その先には天国などないのかもしれない。
数多の人間の記憶を喰ったテンジを待っているのは、果てしない地獄かもしれない。
それでも。
例え何百年、何千年かかろうとも。
「あなたは、とても優しい子だから」
次に生まれ落ちるこの子達の未来が、明るいものでありますように。
「〝漆ノ型──暾の送火(あさひのおくりび)〟」
それは音もなく、テンジの頸を撫でた。
痛くはない。
苦しくもない。
この身には忘れたと思っていた。
まるで世界の始まりを告げる朝日に、照らされるような温かさ。
「みて、ほたる」
無邪気な声に誘われて、柚霧が顔を上げる。
ぼろりと、枯れるように崩れ落ちていく。
手を、足を、耳を、顔を。
それでも眩しい何かを見るように、テンジは目を細めて笑った。
「おひさま」