第26章 鬼を狩るもの✓
「ほたる、いっしょ…?」
「一緒だよ。肉体はあげられないけれど、蛍の記憶はテンジにあげる」
恐る恐る問いかけるテンジに、柚霧は眉尻を下げたまま笑った。
「私の中の、一番大切な心をあげるの。最期までテンジと共にいる。…だからもう怖くないでしょう?」
歪な目が、大きく見開く。
握られたまま反応を示さなかった赤子のような手が、ぴくりと震えた。
「っ…ほんと…?」
か細い声が、震える。
「うん」
多くは語らず深く頷く柚霧の微笑みに、テンジの顔がくしゃりと崩れた。
「ほたる…!」
弾けるように飛び出した体が、柚霧に抱き付く。
己の全てを投げうって、大きな慈愛で包み込む。
この胸の中は何があっても大丈夫。
何があっても安心できる場所だと、そう思えた。
「ごめ…ッいたい、みんな、いう。しってる…ッごめん…ッ」
「…うん。その分テンジも、沢山苦しんでいたんだよね」
心の一部である、彼らの声はテンジにも届いていた。
けれど知らないフリをした。
苦しいから、目を塞いだ。
辛いから、顔を背けた。
人間の時に、十分過ぎる程味わったのだ。
底知れぬ失意も、吐き気を催す絶望も。
何故鬼になってまで、そんなものを感じなければならないのか。
「テンジは優しい子だから。苦しいのもわかってて、抱え続けていたんだよね。…もう十分だよ。十分、頑張ったから」
頭に触れる、温かい掌。
頭部から項へと、滑るように撫で落ちる。
何度も。何度も。
「えらいね、テンジは。沢山、頑張ったんだね」
欲しかった言葉だ。
感じたかった温もりだ。
どんな理由でもいい。
ただただ自分を受け入れて、無償の愛で包んでくれる。そんな"ひと"が欲しかっただけだ。
「もう大丈夫。もう、頑張らなくていいから」
そんな優しさも、温もりも、今まで一度だって向けられたことがない。
なのにどうしてか、漠然とでも理解できた。
「私と一緒に、眠ろう」
これが"母"というものではないのかと。