第26章 鬼を狩るもの✓
「まも、る…?」
「うん。怖いなら、傍にいる。…"蛍"の名前を、あげるから」
「!? 柚霧それは…ッ」
名を渡すということは、その者の記憶も明け渡してしまうということだ。
反射で口を開いた杏寿郎は、ちらりと視線だけ向ける柚霧に言葉を止めた。
(ごめんなさい杏寿郎さん…貴方が慕って下さった蛍を、テンジに授けることをどうかお許し下さい)
(ッ…わかっているのか。蛍を明け渡すということは、俺だけじゃなく鬼殺隊での記憶も、全て失うことになるんだぞ。君が鬼と成って歩んだ軌跡全てを)
(わかっています。仮初の名しか名乗れない私の存在価値など、取るに足らないものでしょう)
(そういう意味では…っ)
(私には同じことです。今の私では、杏寿郎さんに変わらず愛されるとは思っていません。…それでも、肉体はここにある。魂は"ここ"にあります)
目には見えなくとも、確かに存在している。
己は己だと誇示できる無二のものだ。
("ここ"に、杏寿郎さんへの想いは生きている。だから諦めません。一からでも何度だってやり直してみせます)
蛍という記憶を失くしても、杏寿郎への想いが小さくなるような気はしなかった。
溢れる程に、尽きない程に、この想いは不滅なのだと不思議と悟ったからだ。
鬼の身体と等しく、枯渇することなどない。
彼だけに染められる心だ。
(貴方と私がいる。それだけでいいんです。生きていれば、何度だって未来は繋ぐことができるはずだから)
はっとした金輪の双眸が、見開いた。
『生きていればと、思ったの』
同じ声に、告げられた。
あの夏の香りを残す、京都の夜に。
『心が、違えても。すれ違って、も。生きてさえいれば。また何処かで、出会えるかもしれない』
命さえあれば。
彼女はあの時も、そう告げたのだ。
どんなに茨の道を選ぼうとも、生きてさえいれば希望は見失わない。
生か死か。そんな世界を知っている者の口からしか出てこない覚悟に、心を強く突き動かされたのだ。
「…蛍…」
無意識に呼んでいた。
今の柚霧は蛍ではない。
しかし確かに、その魂には彼女が宿っている。