第26章 鬼を狩るもの✓
「…そうか。遊ぶのが好きなのか」
「んっ」
「そうか」ともう一度だけ囁くように告げた杏寿郎が、口を噤む。
答えは、見えてしまった。
(…鬼殺隊で預かる竈門禰豆子という鬼の少女は、眠ることで飢餓を抑えている)
静かな杏寿郎の思考が、柚霧の脳裏にだけ届く。
(人の血肉以外で飢餓を抑えることができる鬼は、俺が今まで見た中では彼女だけだった。…テンジも恐らくその類なのだろう。出生から異端な為、特殊な鬼となった。遊びと称して人の名と記憶を奪い、それを糧としている)
(…じゃあ…テンジが人を喰らわないでいられるのは…)
(人の〝記憶〟を喰らっているからだ)
物理的なものではなく、精神的なものに負荷をかける。
それもまた脅威であることには変わりない。
「テンジ。蛍は、俺の譲れない大切な女性だ。彼女の名を記憶と共に返して欲しい」
「ほ……ほたる…?」
「そうだ」
「…ぃゃ…ほたる、かえす…ほたる、もらう…っ」
戸惑うように頸を横に振る。
かと思えば、寄り添っていた柚霧の体を突き放すようにテンジの手が押し出した。
「そっち、かえす…っこっち、もらう…っ」
「ど、どういうこと?」
「君の肉体を返す代わりに、名は貰うと言っているんだろう」
ゆっくりと腰を上げてテンジの前に立つ杏寿郎の声に、重みが増す。
「蛍は人形じゃない。己の都合で、心と体を切り離していいものじゃないぞ」
「ぃゃ…っほたる、はは…ってんじ、の。はは!」
「母、か。…求める気持ちはわかる」
等しく幼い頃に、最愛の母を失った。
重ねて見ている訳でもないのに、蛍に甘えさせてもらう、不意の瞬間に感じたことがある。
幼心とは、このようなものなのかと。
蛍の前では大人げない感情も溢れるし、譲れない欲も尽きず出てくる。
それら全てを優しく抱きとめて、彼女は笑うのだ。
母と重ねて見たことはない。
しかし彼女の腕の中だけは、自分が何者であろうとも許される気がした。
煉獄家の嫡男でも、鬼殺隊の柱でも、人間や鬼の垣根さえ越えた、何者でなかろうとも。