第7章 柱《参》✔
「チッ、邪魔すんな洒落臭ェ」
「お前の方こそ余計な手出しをするな」
義勇さんの声だ。
義勇さんの声が、すぐ後ろからする。
「手出しィ? 俺は何もしてないぜ? そいつが勝手に俺に傷を付けて、勝手に俺の血に酔っただけだ。求めようとしたもんを差し出して何が悪い」
「喰らい付いた瞬間、頸を跳ねるつもりだっただろう」
「さァな? どうだか」
互いの声が前後から届く。
だけどやっぱりその声は途切れ途切れに霞んでいた。
口は塞がれた。
目も塞がれた。
でも鼻に届く血の匂いは薄れていない。
「ふっ…ぅ…ふ…ッ」
ガチガチと牙が当たるのは、この感触は、きっといつもの口枷だ。
だけどその隙間から漏れる唾液が止まらない。
息が荒くなる。
求めるように、血の匂いに手を伸ばしてしまう。
欲しい。欲しい欲しい欲しい。
あの血が欲しい。
「彩千代」
耳元で声がする。
「思い出せ。己が己であることを」
後ろから包む声が、体温が、呼び掛けてくる。
ぐっと腹に回された腕が、それ以上前に進むことは阻止してくれた。
「ふぅ…っふぅッ」
「同情や哀れみが欲しくないのなら跳ね返せ」
──そう、だ。
同情されるのが嫌いだった。
それは人間の時も鬼の今も変わらない。
鬼だからと。
ただそれだけで、哀れんだ目で見られるのは──嫌、だ
「っふ…ふ…ッ」
唾液は止まらない。
息遣いも止まない。
それでも血の匂いへと伸ばしていた手を、指を、丸め込んで握り締める。
強く握り締めたその手を、ゆっくりと胸の前へと引っ込めた。
目は見えない。
口も利けない。
でも耳は聞こえる。
血の匂いは、まだ頭をくらくらさせるけど。
この声を、聞き続けていられるなら。
「蛍ちゃん…っ」
「甘露寺。用は済んだ、もう退くぞ」
「あっはい! じゃあっじゃああの、これ! 残りのおはぎも置いていくわね不死川さんッ!」
口枷の紐を後頭部で結ばれる。
視界を遮る掌は退いたけど、そのまま後頭部を押さえられて顔は目の前の布地に押し付けられた。
いっぱいに広がる生地は視界を遮って何も見えなくする。
でもこの匂いは知っている。
お泊まり会で安心して眠ることができた、あの匂いだ。