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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第7章 柱《参》✔



「…上等だァ」


 目の前の男の顔が狂気的な笑顔に変わる。
 口角をつり上げ血走った目を見開いて、頸を締め付ける手に力が入った。


「それはテメェを殺す理由になるよなァ」

「っ…あんたに殺されるのだけは断固拒否するッ」


 いくら柱が鬼を狩る剣士でも、この男にだけは殺されたくない。
 そう強く思った。


「つれないこと言うなよ。俺はテメェをこの手で殺すに値する鬼だと判断したぜェ」


 何その褒めてるようで褒めてない言葉!
 そんな価値要らないから!

 締まる気道に苦しさが増して、掴んでいた手首に思わず爪が立つ。
 鋭い爪先が皮膚に喰い込んで、じわりと赤色が滲んだ。
 微かな血の匂いが鼻孔に届く。


「ッ…!?」


 瞬間、ぐらりと頭が揺れた。


「っ、…?」


 な、に…これ…頭が、くらくら、する。
 まるで酒に酔った時みたいに、視界が歪んで目の前の男の笑みがより一層深まった気がした。


「美味そうな臭いだろォ。いいぜ、むしゃぶり付けよ」

「ッ…ぅ…」


 絶対に喰らい付いたりなんてしない。
 こんな男の血肉なんか喰いたくない。
 そう思うのに、その思考全て塗り潰されるような強烈な匂いに目が霞んだ。 

 頸を締めていた手が離れる。
 自由になったのに、何故か上手く体が動かせない。


「欲しいならくれてやる。テメェの本性を見せろォ」


 口の端が何かで濡れた。
 知らぬ間に溢れ出ていた唾液だった。

 くらくらする。
 目の前の男の姿も定まっていない。
 だけど匂いの元は鮮明に判断できた。

 あの、手首だ。
 あそこから滲んでいる極少量の血。
 なのに今まで嗅いできたどの血よりも強烈に誘われる。

 あれが、欲しい。
 飲み干したい。
 齧り付きたい。


「ぅ…ぁ…」

「獲物は此処だ。来い」


 倒れていた体を持ち上げて、縋るように手を伸ばす。
 まるで迎え入れるように、男の差し出す手へと牙を──


 ガチッ


 牙は、柔らかい皮膚へと届かなかった。
 届いたのは硬い無機物。

 背中に当たる誰かの体温。
 無言でその手が私の視界を遮った。
 口を塞がれて、目を塞がれて、届かんとしていた目の前の男の姿が遮断される。

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