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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第26章 鬼を狩るもの✓



「テン、ジ?」


 果たしてその名を呼びかけるのも、正しいのかもわからない。
 それでも力尽きたように凭れてくる少年を抱き止めて、柚霧は呼びかけた。

 返事はない。
 代わりに、項垂れていた手がぴくりと揺れる。


「テンジ」


 誘われるように、歪な顔が上がる。
 腫れぼったい瞼に押し潰されたような目が、柚霧を映した。


「っふぇ…わあぁああん!!」

「て、テンジっ?」


 途端に、くしゃりと歪む。
 大きく開いた口は、咽び泣く様に叫んだ。


「うえぇっ…ぇ…ッ!」

「テンジ…っ泣かないで…っ」


 背を撫で、声をかけ、どうにかあやそうとしても、テンジの勢いは止まらない。
 ぼろぼろと離れた両目から涙を零し、口を歪ませた。


「ごめん、ね。辛いことばかり、言わせてしまったから…」


 目の前にいるのは、恐らく最初に柚霧が出会った少年だ。
 彼が一番なのだと別の魂が告げた通りに、そこへ託したのだろう。

 一つの身体に無数の命。
 その心は複雑過ぎて捉えられない。
 泣き止ませる方法などわかるはずもなく、俯き力なく告げる柚霧に、テンジの頭が動いた。


「うぇっえッ」


 泣きながらも頭を横に振る。
 柚霧の言葉を否定するように。


「っご…め…」

「…?」

「ごめ、…ほたる…っごめ、ん」

「…なんでテンジが謝るの?」

「いたい、した…っほたる、たくさん、いたい…っ」


 ぐすんぐすんと鼻を啜り、泣いているのは自分の為ではない。他者の為だ。
 どこまでも限りなく続くこの世界のように、テンジの心は広く優しい。

 口元を緩ませながら、それでも柚霧は眉を八の字へと下げ変えた。


「痛くないよ。痛いのは、テンジの方でしょう?」

「ごめ…ごめ…っ」

「だからもう謝らないで」

「ひぐ…っほたる、すき…でも、みんな、すき」

「テンジの中にいる、皆のこと?」

「ん…っみんな、いちばん。てんじ、の。いちばん」

「うん」


 同じ肉体に命を宿した彼らは、きっと家族も同然なのだろう。
 順番など付けられないと言っていた通り、テンジにとっての一番は彼らなのだ。


「だから、できない…そと、いく。できない」

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