第26章 鬼を狩るもの✓
「じゃあ怖がってるのは、きっとあの子なんだね」
大人は怖いと、ただひたすらに繰り返し告げていた。
拙い声の、あどけない少年。
柚霧が思い返すように告げれば、腕の中で小さな体が震えを止めた。
「……る…」
「…テンジ?」
「っ…そんなこと、わかってる」
憎々しげにしか吐き出さなかった声が、別の感情に染まる。
「あいつは、よわいから…ぼくらのなかで、いちばん」
「…あいつって…さっきまで話していた、あの子?」
「っでも、あいつがいちばんなんだ。あいつが、いちばん。きらってる、はず、なのに…」
「……」
「なんで、そとにいくなんて…くるしい、はずなのに」
小さな両手が、顔とおぼしき面積を覆う。
「いたい、はず、なのに…」
ぽつぽつと落ちる声が震え出す。
それはまるで泣き声のようにも聞こえた。
「わからない…ぐちゃぐちゃ、だ…」
小さな爪が皮膚を引っ掻く。
引っ掻いた先から忽ちに治る為に、傷跡一つ残らない。
それでも己を傷付けながら「つらい」「くるしい」と続けるテンジの姿に、柚霧は唇を噛んだ。
(この子の中身は、もういっぱいいっぱいなんだ)
小さな身体に留まるには、魂の量が溢れ過ぎている。
衝突し合う感情は一つや二つではない。
処理しきれない程の心を抱えて、葛藤を繰り返した結果の暴走なのだろう。
「わからない…わから、ない」
「テンジ…」
「…ちがう」
「?」
「なまえ。てんじ、じゃない」
「! 憶えて、いるの? 自分の名前」
「おぼえてない。でもちがうのは、おぼえてる。ぼくも、あいつも、あいつも、あいつも」
「皆は、憶えてるの?」
「おぼえてない。でも、おぼえてる。わすれたいのに、わすれられない」
がりがりと皮膚を引っ掻いていた爪が、強く喰い込む。
血が滲み、赤い涙を零すようにして「くるしい」と告げる。
「……」
何も言えなかった。
どんな言葉を吐いても、心を削り続け、潰しさながらさ迷ってきたその心には、生半可な覚悟は届かない。
(もっと、早く。なんで見つけられなかったの)
彼らにこそ、唯一無二の存在が必要だったはずだ。
自分にとっての杏寿郎のような。