第26章 鬼を狩るもの✓
骨が折れた手を地に着いて、片足で這いずる。
「っくるな!」
「テンジ、」
「よぶな!!」
手を伸ばせば、歪な目が尚も歪む。
歯を食い縛り、睨み付け、体を震わせて全てを拒絶する。
それでも怖さはなかった。
「さわったら、そのうでとるぞ…!」
金切り声のように響く威圧あるものなのに、なんとも表現は子供らしいものだと、場違いさにほっとした。
「いいよ、取っても。鬼だからまた生える」
「あしもとるぞッ!!」
「いいよ。足もあげる」
視界を覆う影。
見上げれば、触手の群が柚霧の真上を波打っていた。
波をそのまま喰らってしまえば、奪われるのは手足どころではないだろう。
それでも怖さはなかった。
「痛みは、テンジが取ってくれるから」
痛みがあれば躊躇は生まれる。
その痛みをテンジが取り除いてくれるのならば、多少再生に時間がかかろうとも目を瞑ろう。
「だから怖くないよ」
折れ曲がった指先が、くすんだ肌に微かに触れる。
びくりとテンジの体が強張るようにして固まった。
「ごめんね…もう、いいよ」
掌を這わせ、体を寄せて。
片腕で、小さな体をゆっくりと抱きしめる。
「痛いのも、辛いのも、苦しいのも、全部テンジにしかわからないことなのに。私の我儘を、押し付けてごめん」
杏寿郎を乗せていた土佐錦魚が、柚霧へと向かっていた巨体を止める。
柚霧の意思を汲むように、その場にとどまり事を見守った。
「人間が嫌いなら、嫌いなままでいい。共に生きようなんて、無茶は言わない。頑張らなくていい。耐えなくていい」
同じに群を成す触手もまた、動かない。
柚霧とテンジの真上で広がったまま、ぴたりと時を止めたように動きを止めている。
「だからもう、やめよう。人間が怖いなら、もう近付けさせないから。…やめよう、こんなこと」
「っ…こわく、なんて…ない…」
「…そっか」
「きらいなだけだ…みんな、きらいだ」
「…うん」
抱きしめた小さな体から伝わる、微かな震え。
こんなにも広大な世界を創り出しているというのに、本人は柚霧の腕の中にも収まるような、小さな子供なのだ。