第26章 鬼を狩るもの✓
柚霧の口が噤む。
返す言葉がなかった。
それでも杏寿郎は信じるに値する人間だと、告げようと思えばできた。
できなかったのは、見知らぬ記憶が教えてくれたからだ。
『自分の保身の為に嘘ばかり言う。理性も無くし、剥き出しの本能のままに人を殺す。そんな鬼は、どうしようもなく救われない』
あれは誰の声だっただろうか。
冷たく怒りを含んだ、赤銅色の女の背中が見える。
『体の一番深いところに、どうしようもない嫌悪感がある』
後頭部に蝶の髪飾りを付けた、見知らぬ女。
そう告げた人間である彼女に、途方もない哀しみを感じた。
理解してしまったからだ。
その思いは覆せない。
彼女を彼女たらしめる、根本にあるものだったから。
「ッ…テン、ジ…」
わかってしまった。
理解してしまった。
蛍と共に生きると決めたテンジの心は、確かに本心だった。
だが今目の前で人間の全てを拒絶する心もまた、"テンジ"という鬼の本心の一部だ。
「どうして、しんじなきゃいけない。どうして、にくんだらいけない。しんじてもうらぎられるだけ。みんなそうしてしんだ。もう、たくさんだ…!」
「っテンジ」
「あいつのみかたをするなら、ほたるもにんげんだ…ッそんなやついらないッ!!」
肩を掴む手を、触手の波が薙ぎ払う。
揉みくちゃに鷲掴まれた柚霧の手は、ぼきぼきと容易く指の骨をへし折られた。
「ッ…!」
「柚霧ッ! テンジに近付くな!!」
遥か高みから杏寿郎の声が聞こえた。
ばらばらに指を折られた掌を胸に抱えて、咄嗟に歯を食い縛る。
(…痛く、ない)
しかし覚悟した痛みはやってこなかった。
此処はテンジの世界。
住まう者の痛みは全て取り除く。
こんな状況になってもまだ、その優しさは柚霧へと向いている。
「…っ」
痛みとは別の感情で、柚霧は歯を食い縛った。