第26章 鬼を狩るもの✓
下から、横から、斜めから。うねりとぐろを巻き掴みかかろうとする触手を、土佐錦魚が避けていく。
まるで空間全てが水中かのように、自由自在に動く様は、ゆたりと優美に泳ぐ金魚ではない。さながらカジキのような俊敏さだった。
「やるな! このまま逃げ遂せるか!?」
片手は土佐錦魚の背鰭を掴み、片手は日輪刀を掴んだまま。振り落とされないようにして告げる杏寿郎に、ひらりと土佐錦魚の巨体が宙を舞う。
四方八方から掴みかかろうとしてくる触手に、一呼吸。
たった一度の呼吸で肺を限界まで膨らませた杏寿郎が、刃を振るう。
真横に貫く火柱が、黒々しい触手の群を薙ぎ払った。
その隙間を抜け出すように、土佐錦魚が強く尾鰭を打ち飛び上がる。
「うぅぅ…ッ!」
「テンジっ!?」
炎の呼吸に斬り裂かれ、ぼとぼとと落下する触手の残骸。
最早形すら残しておらず、どろりと溶けた液体と化し消えるそれに、テンジが頭を抱えた。
苦しむ様は、まるで触手の痛みを共有しているかのようだ。
どうにかして這いずり寄った柚霧が、意を決して小さな体に触れる。
「テンジ、気をしっかり…! 目を覚まして!」
確かに彼は、外の世界に行きたいと言ったのだ。
蛍と共に、生きたいと。
それはテンジの本心だったはず。
どうにかして思い出して欲しいと、小さな肩を掴んだ。
「杏寿郎さんはテンジに酷いことなんてしない! 私にも優しい人なの! 信じて!」
「っ…ご…は…」
「え?」
「しょう、ご」
「しょうご…?」
小さな手が、搔き毟るように己の顔を引っ掻き下ろす。
「しょうこ、は? うらぎらない、しょうこ」
「っ…」
その指の隙間から覗く歪な目が、ぎょろりと剥き出す。
誰も寄せ付けず、信用しない。拒絶の目だ。
「にんげん、うそをつく。じぶんのこと、だけだいじ」
「そ、んな…こと…」
「そうだった。みんな、みんな、みんなみんなみんなみんなッ!!」
声が世界を木霊する。
腹にずしんと響く、重い声だ。