• テキストサイズ

いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第26章 鬼を狩るもの✓



「テンジ何言って…杏寿郎さんは、人間だよ。私と共に未来を生きてくれると、約束してくれた」

「やくそく、いらない」

「テンジ」

「にんげん、いらない」

「テンジ…っ」


 柚霧の声も届いていないのか。感情の起伏なく告げる小さな手が、突き放すように杏寿郎を指差した。


「おまえみたいなのがいるから、よけいにきずつくんだ」


 それは空気を震わす声だった。
 目の前のテンジの口だけではない。周りに蔓延る無数の気配が一斉に唱えているような。
 腹を震わす、恐ろしさも感じる声。

 それらがテンジの一部だと考え着く前に、暗がりから一斉に何かが飛び出してきた。
 柚霧を攫おうとした時のような、きらきらと輝く星屑の触手ではない。
 どろりとタールのような液体を被った、無数の手の波だった。


「杏寿郎さんッ!」


 ドス黒い手の波が襲ったのは、杏寿郎ただ一人。
 叫ぶ柚霧を襲う手は一つもない。
 ただ人間だけが害悪なのだと告げるように、揉みくちゃに群がる手が頭から杏寿郎を押し潰した。


「っ…すまない。助かった」


 だが既に、その場から杏寿郎の肉体は消えていた。
 土佐錦魚の前足ともなる胸鰭に足を乗せた杏寿郎が、その巨体に掴まり立っている。
 こぽりと音を返す土佐錦魚が、杏寿郎を掬い上げて宙へと逃れていたのだ。


「(柚霧を襲う気配はない…となれば、狙いは俺だけか)柚霧はその場から動くな!」


 人形のように小さく見える柚霧を見下ろし、その隣でうねうねと波打つ黒い触手の塊を見定める。
 色味は影鬼と似ていても、存在は全く異なる。
 ぼたぼたと得体の知れない液体を滴らせる無数の手は、怨念の塊のようにも思えた。


「先程まで柚霧と話していたテンジとは違う。別の小鬼か」


 鞘に戻していた日輪刀を片手で抜く。

 十中八九、外に出ると決意を見せたあの少年とは別の人格だ。
 少年がテンジの肉体の主、即ち決定権を持っているとばかり考えていたが、この小さな鬼の中身は想像以上に複雑なのかもしれない。


「杏寿郎さん!!」


 再び柚霧の叫びを耳にした時、異変は既に目に見えていた。
 波打っていた触手の群が、暴発するように一斉に飛び出したのだ。

/ 3467ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp