第26章 鬼を狩るもの✓
(杏寿郎さん! 私、できましたっテンジとお話、できました!)
ぱっと花が咲くように、輝く目で杏寿郎を見る。
たおやかで艶のある印象が強かった柚霧の中に、確かに蛍の存在を見つけたようで、杏寿郎の口元も緩んだ。
(うむ、よくやってくれた! ただ此処は、テンジだけの世界ではないと俺は見ている)
(え?)
(此処にいる影の魚は君の能力(ちから)だ。俺をテンジの術から切り離してくれたのも、テンジの過去を見せたのも、君の術だ)
(私、の…? すみません、私よく、わからなくて…)
(鬼の記憶がない今は、致し方ない。だが俺は知っている。一見禍々しくも見える君の影が、人間に牙を剥いたことは一度もない)
飲み込むことはしても、喰らいはしない。自身の心や身体を傷付けようとも、必ず人間は無傷で生還させる。
そんな血鬼術を見たのは初めてだった。
(君の影は、優しい闇だ)
だからこそ確信を持てる。
此処はテンジだけの世界ではないことを。
(此処から出る為には、恐らく影魚の協力も必要だ。つまるところ柚霧自身の協力が)
(…でも私、影を操れたりなんか…)
(今までもそうだった。君自身の能力ではあるが、同時に独立した力も宿す。大丈夫だ、影魚ならきっと柚霧の声を聞いてくれる)
賛同を求めるように土佐錦魚を見れば、答えはせずとも、こぽりと口から小さな気泡を吐いた。
返事のような仕草に、杏寿郎もうむと頷く。
(だそうだ!)
(えっ? え!? 今、話をしたんですか? その金魚のような魚とっ?)
(してはいない! だがした!)
(ど、どちらですか…っ)
(何を言っているかはわからないが、協力はしてくれるはずだ。今そう確信した!)
(ぇぇ……杏寿郎さん、すごいですね…私より私の術に詳しい…)
(俺は君の師範だからな。これでも理解を深めようとはしているつもりだ)
(しはん…?)
(話せば長くなる。今はそれより此処からの脱出が先だ。テンジの協力も仰げるなら、共に力となろう)
背を向けて頸を右へ捻ったり、左へ捻ったり。内なる兄妹と話でもしているのか、そんなテンジをちらりと様子見して柚霧は頷いた。
(わかりました)
今のテンジなら、杏寿郎に無暗に牙を剥くことはない。