第26章 鬼を狩るもの✓
「てんじ、とくべつ…」
「うん。私や童磨より凄いんだよ。テンジは」
「とくべつ…こわい、ない…?」
「?」
きゅっと、赤子のように小さな掌が、柚霧のブラウスを握る。
「そと、でる。こわい、ない?」
初めてテンジの方から、外の世界へと出ることを示唆する言葉が出た。
自然と顔が明るくなるのを抑えきれずに、柚霧は縋る小さな手を握り返した。
「怖かったら、私に掴まっていたらいいよ。こうして」
「ほたる、ずっと、いっしょ…?」
「一緒」
「はなれる。しない?」
「離れない」
「……」
再び俯く頭は、迷っているようにも見えた。
口を開いては、閉じて。次の言葉を発せられないテンジを、柚霧は黙って見守った。
──この世界は、優しい。
テンジを忌み嫌う大人はいない。
声を荒げ、暴力を振るい、痛みを与えてくる大人達は。
誰もいない世界で一人、人間の模した街を自由に闊歩できるのは、まるで王様にでもなれたような気分だった。
誰にも嫌われることなく、虐められることなく、世界を自由に創り変えることのできる王様だ。
しかしそれは、たった一人の王様だけの世界。
同じ心を持つ兄妹は山程いる。
だが彼らには、温もりがなかった。
この手を通じて伝わる、肌と肌を重ね合わせて生まれるあたたかさは。
「…ほたる…はなれない」
きゅ、と小さな手が温もりを握り締める。
「いっしょ。そと、いく」
意を決するように顔を上げたテンジは、拙いながらもはっきりと意思を告げた。
「! 本当っ?」
「ん。ほんとっ」
「ありがとうテンジ!」
「ぁぅっ」
むぎゅりと強めの抱擁をしてくる柚霧の体に埋もれる。
歪な顔を更に歪めて、テンジは柔く笑った。
「ふ、ぇ、ふぇっふぇっ」
がたがたの歯並びの隙間から流れ落ちる、隙間風のような笑い声。
「ふふっへへへ」
つられて柚霧も笑う。
その声が気持ち悪いのだと、蔑むような感情は一つもない。
つられて嬉しそうに笑うから。
一緒に嬉しくなって。
楽しくなって。
恋しくなって。
ずっと、傍にいたくて。
彼女の生きる世界で、生きてみたいと思った。