第26章 鬼を狩るもの✔
返す言葉がなかった。
杏寿郎の言葉巧みな意見に納得したからではない。
柚霧自身が知っていたからだ。
死を持って植え付けられた憎悪は、身体の一部のように汚染し簡単には取り除けないことを。
その感情でしか埋められない痛みも存在することを。
「…っ」
それでも。
(そう、だとしても…"理由"だけで、終わらせたくないです…)
何もせずに、頷くだけのことはしたくない。
(一度だけ、私に機会を頂けませんか。テンジと話す機会を)
「機会、か」
(一度だけで、いいんです。テンジが人間と向き合えるかどうか、ちゃんと話をして、可能性を見てみたい。"この子はそうだから"と、大人の私が決めつけて道を敷くようなことはしたくないんです)
それではテンジの親と同じになってしまう。
一言一言、言葉を選ぶように噛み締め告げる柚霧に、固く結ばれていた杏寿郎の口元が──ふと、緩んだ。
「…全く」
蛍の記憶はないというのに、人を救うだけでなく鬼自身とも向き合いたいと告げた、あの京都で見た姿を思い出す。
当然だ。
それが彼女の本質なのだから。
(だから託してみたくなるのだろうな…)
(え?)
「いや。君との過去を思い出して、懐かしさを覚えただけだ」
(私の、過去…?)
頸を傾げる柚霧に、咳払いを一つ。
改めて杏寿郎の表情が引き締まる。
「わかった。一度だけ、柚霧に全指揮を任せる。テンジと向き合ってみるといい」
(ほ、本当ですかっ?)
「ああ」
元々蛍とも前々から約束していたことだ。
一度は必ず、鬼との談判の時間を与えると。
「ただし俺が危険と判断すれば、対話は即中止させるぞ」
(大丈夫です。テンジは今までも私に牙を剥いたりしませんでしたから)
可能性はあると明るい声で返す柚霧に対し、杏寿郎の表情は変わらなかった。
(きっと話せば通じます)
対話は恐らく可能だろう。
だが妙な不安感が付き纏う。
相手が年端もいかない幼子の姿をしているからか。
何をしでかすのかわからない、予測のつかない緊張感があった。