第26章 鬼を狩るもの✔
全てを否定するような杏寿郎の言葉に、柚霧の声が揺らぐ。
(そんなこと…っやってみないとわからないでしょうっ?)
「わかるんだ。俺が人であるからこそ」
縋るように訴える柚霧の視線から、目を逸らす。
だからこの世は残酷なのだ。
(君が鬼だから感じたことと同じだ。…テンジは人を喰らわないだろう。だが人を許してはいない)
テンジの心が反映して、流れ込んできた過去。記憶。
そこには絶え間ない絶望と、その下に隠された怒りがあった。
杏寿郎も最初は見落としていた。
確信に至ったのは、つい今し方。テンジが杏寿郎という名前に反応を見せた時だ。
(柚霧に心を許しているのは、君が人ではない、鬼だからだ)
(それは…当然です。あんなことをされたら。でも杏寿郎さんのような人もいると知れば、きっとテンジも)
(君は与助を許せるか?)
「っ」
喉を詰まらせたように、柚霧の声が脳内で途切れる。
(子にとって親は世界に等しい存在だ。その世界に殺され恨んでしまったが為に、テンジは人間そのものから心を閉ざした。与助の言うことを聞いていたのも、恐怖で支配されていたからだ。損得無しに触れたのは柚霧にだけだろう)
「……」
(俺に柚霧を取られるから敵意を抱いた訳ではない。ならば童磨にも同じ感情をぶつけていたはずだ。そうでないのは童磨が鬼であり、俺が人であるからだ)
(…童磨、は…テンジに、鬼ごっこで勝ったから…)
(なら何故俺には遊戯を持ちかけてこない。術を介する気もない程の、怒りを覚えたからではないのか)
(っ…それは…)
罪のない人々を無惨の手から救いたい。
それでも与助にだけは悪鬼となってしまう。
そう柚霧自身も告げていた。
理屈ではないのだ。
この世の道理も関係ない。
ただただ心の奥底に根付いた憎悪が、堰を切って溢れてしまう。
それを止める術はなく、抗う気もない。
それだけのことをされたのだ。
恨んで何が悪い。憎んで何が悪い。
それが悪だと言うのなら、自分を殺した者達は、それを許すこの世界は、一体なんなのだ。
(テンジの目に映る人の世は、忘れることのないあの日の地獄だ)