第26章 鬼を狩るもの✔
巨大な体に対して、土佐錦魚の頭の部分は小さい。
ぱくりと小さな口を開閉させながら、頭とおぼしき箇所を杏寿郎の胸に触れさせた。
「? なん…」
一体何を意図するのか。
大人しくされるがまま、杏寿郎が問いかけた時だった。
(──どう、したら……)
「(! この声は…)…柚霧?」
脳裏に、馴染みのある声が響いた。
聞き間違えるはずもないその声に、反応を示す。
はっとして顔を上げれば、こちらを向く緋色の瞳と重なった。
杏寿郎と同じく驚いた顔をしている柚霧もまた、声が聞こえているのだろう。
おろおろと慌てながらも、腕の中のテンジに悟られないように唇は結んだままだ。
「成程(どうやらこの影魚を通じて、意思は交わせるらしいな)」
(影魚? あの、どういう…やっぱりこれは杏寿郎さんの声なんですか?)
(ああ。だが詳しい説明は後だ。それよりこの現状を脱するには、柚霧が今抱いているその鬼の頸を斬らなければならない)
「っ…」
(その為には柚霧の協力が──…柚霧?)
必要なのだと告げる前に、強く唇を噛み締める柚霧の異変に気付いた。
離れてはいるが、不思議と暗闇の中でも柚霧とテンジの姿は見えた。
ここは影沼の中でもあり、テンジの住処(すみか)ともなっているのだろう。
その異変に杏寿郎が目を止めれば、柚霧の声が沈む。
(私には…できません…)
「……理由は」
(鬼のことを、よくは知らないけれど…テンジのことは、知っています。私には、この子を否定することができない)
「…彼らの生い立ちを知ったからか?」
恐る恐ると上がる顔が、杏寿郎を捉える。
頷きか、ただ俯いただけか。再び視線をテンジへと落とすと、柚霧は項垂れた。
(この子達の命は、無情な大人達に一度奪われています。…"二度目"なんて感じさせたくない)
柚霧の心は杏寿郎にも理解できた。
柚霧自身が、その命を無情な男達によって奪われたのだ。
同じ経験をしたテンジに心が寄り添ってしまうのは仕方のないことなのかもしれない。