第26章 鬼を狩るもの✔
何故、蛍──柚霧が口を噤んだのか、杏寿郎にも理解できた。
理解できる程に、その圧は異様だったのだ。
「きょ、じゅ。いる?」「いる?」
柚霧の腕の中から響いている声ではない。
前方から、左右から、後方から、真上から。
「きょう」「じゅ」「どこ」「いる?」「きょ」「どこ」「いない」「どこ?」「きょじゅ」
ざわざわと沢山の目を、口を、向けられているかのようだった。
影沼の中だと思っていたが、異様な数の鬼の気配が覆い尽くしたこの場は、まるでテンジの腹の中のようだ。
反射的に腰の日輪刀に手をかければ、きゅっと唇を結んだ柚霧が頸を横に振る。
柚霧には杏寿郎の姿が見えている。
しかし異様にざわめく小鬼達は、杏寿郎を見つけられないようだ。
(何故──)
疑問を抱けば、杏寿郎の視界に光もないのに煌めく鱗が映り込んだ。
あの巨大な土佐錦魚が、すぐ傍に身を置いている。
寄り添うように、透き通る扇のような立派な尾鰭を、杏寿郎の体へと優しく纏わせていた。
(もしや、それが影響しているのか?)
理屈はわからないが、土佐錦魚がテンジの視界から杏寿郎の姿を隠しているようだ。
「俺に"あれ"を見せたのは、これが理由だったんだな」
日輪刀に手を添えたまま、抜刀はせずに土佐錦魚へと静かに語りかける。
テンジは単体の鬼ではない。
異様な数の小鬼の集合体だ。
例え一匹一匹の力は弱くとも、それがここまで膨れ上がれば柱であろうとも一筋縄ではいかない。
テンジの腹の底のようなこの場で、鬼狩りだと主張すればすぐさま潰されるだろう。
(個々の魂は在っても、常に表にある身体は一つだった。本体の頸を斬れば恐らく全ての鬼が消滅するはず)
そしてその本体は、恐らく柚霧の腕の中にいるあの異形児だ。
「(頸を斬る機会は一度きり。二度はない)…どうにかして、あの小鬼を蛍から引き離すことはできないか」
土佐錦魚と会話はできないが、言葉が通じることは確信している。
静かに問えば、柚霧へと向けていた黒い頭が、ゆたりとこちらへ向いた。