第26章 鬼を狩るもの✔
「…ううん。大丈夫。痛くないよ」
「うそ」
「え?」
「いたい。してる。かお」
小さな紅葉の手が、伺うように蛍の頬に触れる。
その手を上から重ねた掌で包み込むと、蛍は力なく微笑んだ。
「テンジの方が、痛いでしょ…?」
問いかける声は、泣きそうな響きにも聞こえた。
「テンジ」と蛍が呼びかける少年を目にした杏寿郎が、一人静かに息を呑む。
(なんだ、あれは…?)
確かに蛍は「テンジ」と呼んだ。
しかしその少年の姿は、杏寿郎の知っているものではなかった。
不揃いな顔の部位は、歪んだと言えるような生易しいものではない。
取り付ける場所を間違えたのでは、と思える程に歪に顔の側面に張り付いている。
目に、鼻に、口に、耳。
どうしたらそうも捻じ曲がってしまうのか。
生まれる際に、顔をぐちゃぐちゃに掻き回されたかのようだ。
ざんばらの髪に、不揃いな長さの手足。
一見すれば鬼よりも恐ろしいその少年を、蛍は片腕で優しく抱きしめた。
「私は、痛くないよ」
「うで。あし。いたい」
「痛くない。テンジの痛みに比べたら」
「…いたい、ない。よ。ほたる、いる」
赤子のような掌が、蛍の背に縋る。
「ほたる、いる。ほか、いらない」
「…そんなこと、言わないで」
「いらない。みんな。いらない」
拙い声で、無垢な心で、要らないと告げる。
そんなテンジの小さな肩に顔を埋めて、蛍は声を震わせた。
「蛍…っ」
気付けば踏み出していた。
杏寿郎の声は、今度こそその耳に届いたようだ。
ゆっくりと顔を上げた蛍が、誘われるように振り返る。
泣いた跡か、赤みを残す目元はぼんやりと杏寿郎を捉えたかと思えば、はっと見開いた。
「杏寿郎さ…ッ」
柚霧としての記憶は健在だった。
杏寿郎の姿を捉えた途端、その目に生気が戻る。
それでも声は全てを紡ぎ終える前に、自分自身で呑み込んだ。
「きょ、う。じゅ?」
ざわりと空間が気配を立てる。
目には見えない暗闇なのに、一斉にその闇が逆立ったような気がした。