第26章 鬼を狩るもの✔
「──唄を…忘れた…かなりや、は…」
暗い暗い、深海の底を切り取ったかのような空間。
そこに小雨を降らすように、ぽつりぽつりと微かな歌声が囁く。
「後の…山に、棄てましょか…いえいえ、それは…なりませぬ」
子をあやすように、掌で膝元を優しく撫で付けながら歌う。
その姿はさながら母親のようだ。
「唄を、忘れた…かなりやは…背戸の小藪に、埋けましょか…」
コポリと気泡が舞う。
闇の中に座り込む女から、そう遠くはない所に泡の粒が立ち上がった。
一つ、二つと数を増し、コポコポと音を立てて舞い上がる。
波の渦が縦に巻き起こったかと思えば、一瞬で静まる。
静寂を迎えたその場に現れたのは、瞼を閉じたままの杏寿郎だった。
「いえいえ…それは、なりませぬ…」
途切れることはない、微かな子守歌。
誘われるように、ゆっくりと瞼を起こす。
右も左もわからない暗闇だというのに、不思議と土佐錦魚は見えた。
それと等しく、歌い続けている女の後ろ姿を見つける。
見間違うはずがない、蛍の姿だ。
背中を向けている為に顔は確認できないが、その歌声でわかる。
「唄を、忘れた…かなりやは…柳の鞭で、ぶちましょか」
一瞬、明け方の花街で見た、彼女の姿と重なった。
あの時もこうして背を向けて一人、子守歌を口遊んでいた。
「いえいえ…それは、なりませぬ…」
だがこうも、か細い歌声だっただろうか。
あの微睡みの中で見つけた優しい歌声は、こんなにも掠れ落ちてはいなかったはずだ。
「唄を…わす…れ、た……」
掠れ落ちていた歌声が、弱く途切れる。
項垂れるように頭を尚下げる蛍は、糸が切れた人形のようだった。
「ほ──」
「ほたる?」
思わず身を乗り出す。
しかし口を開いた杏寿郎より一歩早く、呼びかけたのは別の声。
「いたい、した?」
蛍の膝に頭を預けて寝転がる、小さな子供からだ。