第26章 鬼を狩るもの✔
「あの小鬼達の術から守ってくれたのも、君だな」
蛍の名を失っている柚霧は、鬼を知らない人間のようなもの。
影鬼を操ることはできないだろう。
無数の触手の群から杏寿郎を救い出すように、影沼へと落とした。
それはこの自ら意思を持ち動く、土佐錦魚のお陰だったのかもしれない。
土佐錦魚は語らない。
コポリ、コポリと気泡のような音を立てるばかりで、じっと感情のない眼を向けてくる。
「俺に"これ"を見せたのも何か理由があるはずだ」
テンジという鬼の正体を知らせる為か。
問うが、やはり土佐錦魚は語らない。
(意思があると言っても、蛍が源となっている血鬼術。この影魚も蛍の為に動いているはずだ。…となれば)
光を遮る闇底のような眼を見返しながら、杏寿郎は土佐錦以外何も感じられない空間に結論付けた。
「小鬼は、蛍と共にいるな」
与助を襲っていた時も、蛍の気の動転に反応して真っ先に駆け付けようとした土佐錦魚だ。
ならば今も、こんな所に姿を現さずに蛍を守ろうとしているはず。
もしくは触手の群に囲われている今、鬼に対抗できる術を持つ杏寿郎の傍が安全だと考えるはずだ。
それでも土佐錦魚だけで姿を現したのは、蛍を連れて来られない理由があったからだろう。
動けない状態なのか、もしくは。
「影よ。頼みがある」
時間はない。
もし蛍がテンジに捕われているならば、早急に見つけ出さなければ。
「俺を蛍の下へ連れて行ってくれ」
敵意のない証拠に、日輪刀を鞘に戻す。
杏寿郎が片手を差し出せば、土佐錦魚は鰭を揺らし反応を示した。
ゆたりと杏寿郎の周りを旋回する。
徐々に距離を狭め周り続ける土佐錦魚に、見えない波が渦を巻く。
杏寿郎を巻き込む渦は黒い靄(もや)を纏い、その体を覆っていく。
血鬼術の類だというのに、危機感や不安感はなかった。
再び瞼を閉じる杏寿郎を、更に距離を狭めた土佐錦魚が大きな鰭で囲い覆い尽くす。
コポコポと連なる気泡が湧き上がり──ぱちんッと弾けた。
その場に残されていたものは、僅かな靄の切れ端のみ。